部屋に飾られた二本の刀を見て、今更ながら自分が二刀流を修めた事に改めて気付かされる。思えば、結局はたった一人の弟子に流れ武者が指南した剣技であり、そこには看板も無ければ道場も無い。ただ師と共に行き、同じ時間を生き、教えを請い、身に付けた刀。流派でも何でも無いけれども、この師から授かった全てを、『月影流』と明烈はそう呼んでいた。
部屋に掛けて置いてある二本の刀の内、一本を腰に下げる。長い間握るのを控えたもう片へが黙ってそこに残る。師より受け継ぎし、『双月刀』。
(まだ、その時ではないさ)
ならば何時、この二本が揃う時が来るのか、永遠に其れは無いとさえ思う。其れは、つまり、自分が『虎』に為る時であろう。誰にも止められぬ、『虎』に。殺しを楽しんでいる自分は余り見たくは無い。
「明烈、準備が整いました」
声に驚き後ろを見ると、百式の姿があった。久々に着物から袈裟に衣装を替えている。その後ろから空牙と火蓮も姿を現す。
「磁武の傷は大方塞がりました。医者の方に回しましたが、問題は血の量です。少し、出し過ぎましたね。・・・まあ、大丈夫でしょう」
言うなり、上品に笑いをこぼす。流石は名家といった素振りであった。
そうか、とだけ返し明烈は立ち上がり、皆の顔を見る。
「皆、良い顔をしているな」
「あたぼうよぅ。あの口煩い痩せ瓢箪がいねえからな、好きにやれるってもンだぜ」
大斧を担ぎ空牙が豪胆に笑う。さぞ楽しそうであった。
「皆、準備は良いのだな?」
明烈の問いに皆無言で頷く。覚悟を決めた眼をしている。目を閉じ、一旦暗闇にした中で明烈は雌雄と磁武に挨拶を告げた。
「機動烈士隊、出撃!!」
目的地である機巧作業所は此処<破亜民我夢>より僅か離れた郊外に位置する。凡そ一里半、歩けば半刻ほどで着く距離であった。夜道を百式の術で生んだ火の玉で照らしつつ、一向は敵の拠点へと足を進めた。
――『鉄機技巧開発機関』・通称『機巧作業所』は二代前の大将軍に当たる武威凰大将軍によって設立された、鉄機技術専門の研究所である。ここ天宮の鉄機技術は隣国・赤流火穏と比べ遅れを取っているものの、ソフト面、例えば鉄機武者の精巧さなどでは遥かに秀逸なのであった。その更なる技術開発の為に設置されたのが、四十年程前の事である――
と、まあそんな事を百式が暇つぶしがてらに話していた。さすが名家、博識であるなと一同は感心した。それから以前と今日の鉄機武者の性能の変化、半鉄機とは、など詳しく説明してくれたが、中途で火蓮と空牙が理解しきれなくなったので話すのを止めた。
「いやはや如何にも分かンねぇな。何てったけ、ぷ、ぷ、『ぷぐらくも』?」
「『ぷろぐらむ』、です。通称『鉄機心得』、我々の脳にあたる部分ですね。以前、かの爆流頑駄無超将軍がそれの『元』を作製したのですが、如何せん欠陥があり鉄機武者の感情が不安定でしてね。その後一向に改良が進まず仕舞い、流石の天才も御手上げ状態だったのですが、最近になりようやく完璧な物が出来たのです。其れを開発したのが――」
「・・・どうやら着いたようだ」
明烈の指差す先にある広大な面積の上に建った研究所・機巧作業所。何処が果てかも分からぬ塀に囲まれ、その中央に巨大な門を構えている。その両側に紅い灯火がゆらゆらと揺れ、機動烈士隊一行を待ち構えていた。
門の奥に見える、夥しい量の人影。ざっと百、いや二百はいようか。各々手に何か持っている。明らかに殺意を
――機帝である。
「ひゃ〜・・・こっちは四人だっつーのに」
「うおおおおおお!!燃えてきたぜ!!!」
血を滾らせ吼える火蓮を他所に、明烈は目を細めた。天銘会と思われる一団、その手前の門傍らに一人の男が立つ。
所々に銀の狼の彫刻を施した青白い鎧に、飾り賑やかな角飾り。腰に様々な工具を下げ、胸に結晶を輝かせるその男。明烈はこの男を知っていた。
「あの方は・・・」
呟いたのは明烈ではなく、百式であった。彼もまた、この男の事を知っていた。互いに面識は無かったが十分に知っていた。
「よっ、機動烈士隊」
随分離れていたが、此方が立ち止まったのを確認するや否や、男のほうから声を掛けてきた。ゆっくりと此方に近付いてくる。初対面である筈なのに随分と馴れ馴れしい。
「・・・・・・御初御目にかかります。拙者機動烈士隊隊長、明烈と申す者」
「月流だ。初めてだな、会うのは。話には色々聞いてるぜ、『変人』の道楽組。・・・冗談だ、冗談。態々ご苦労さん」
男は無表情で淡々と語る。冗談っ気を感じない口調は明烈たちの心を少しだけかき乱す。――それでも、この男はさぞ愉快な心地なのだ。
呆けているのだ、と人は言う。其れが業となのか天然なのかは誰も知らない。
天宮に名を馳せるもう一人の『変人』、かの爆流頑駄無超将軍の孫であり『鉄機心得』の開発者。機巧作業所・所長、稀代の『天才』月流頑駄無。
月流に向かい明烈が口を開く。目を益々鋭くさせ、安宅も睨みつけるかのような素振り。
さして自分と年が変わらない筈のこの男、其れは大将軍も同じであるが、如何にも話し辛い。何と言うか肩透かしを食らったような、上手く言えないが掴めない男だ。
「貴方が、貴方が機帝めらを匿っていたので御座るか?」
「・・・まあ此処に居るのを認めただけなんだがね。ああ、其れを匿うって言うのか?」
「此処が閉鎖に為るやも知れません。そうでなくとも、貴方の免職は免れ無いでしょう。月流様、貴方は其れを承知の上で・・・」
「ああもう五月蝿えな。当たり前だろうが、馬鹿じゃないんだからよ。昔の部下が助けを求めて来たんだ、協力してやんのが道理だろ?」
「貴方は、奴らが何をしようとしているか存じているのですか!?」
「五月蝿いって言ったんだ、怒鳴るな阿呆。・・・知ってるよ。国家反逆、大罪だわな。それに協力してんだ、なまじっかな気分でやるかよ」
何当たり前のことを言ってるんだ、と言わんばかりに嫌な顔を見せる。明烈の眉は益々間を狭める。怒りからではない。この男を、理解できない。
「ま、凰ちゃん、じゃ無かった、大凰帝大将軍を相手にするなんざ馬鹿だね、あいつも。もっと違う手もあったろうに。機帝、昔から少し荒い気質だったもんな〜」
「・・・そこまで考えておられて、何故退き止めもせずそのままにしておくのです?」
「俺は以前、死に掛けたあいつを『生き返した』。自分のやった事がどんな終幕を降ろす事になるのかと思ってな。面白そうじゃん、幕府転覆、共和制政治とかって」
もう明烈はこの男の事を理解するのを止めた。かの爆流頑駄無の孫と聞きどんな才人かと期待した結果が之であった。
理解できない、故に天才
理解されない、故に変人
今になってようやく分かった。この男に感じていた違和感が何なのか。この男の虚ろにも似た、いや寧ろ人一倍輝いた眼は、決して自分の事を見てはいないという事を――
月流頑駄無という男は常に先、先を見、今現在目の前に居る明烈という男の事など映ってはいないのだ。そこに感じる孤独感、劣等感。
「他の奴等はもう
「そうしたら、如何なさる御積もりですか?」
「そうだなあ、一旦からくり一門の里に帰るよ。そしたら龍ちゃんと一緒に欧州にでも行こうかな」
そう言って初めて月流は笑顔を見せた。
「どれ、そろそろ行くか・・・」
何が楽しかったのか、笑いを浮かべながら月流はここから立ち去ろうとした。行き際に明烈の肩をポンッと叩く。
「あいつをがっかりさせないでくれ、お前に期待してんだからよ。最期の舞台は、
そう言い残し月流は去って行った。一体、何を言っているのかは分からなかった。変に疲れた気を奮い立たせるため、明烈は息を吐いた。未だ冷たい空気、春といってもこんなものであろうか、もう少し暖かくても良いような気がする。
そして、
向こうに待ち構える『敵』。
気を取り直し一同、前に向かい、進む。
四方に燈された大きな灯火が揺らめく光で照らしあげる。闇と光とが斑になった宵の舞台の中央、数百の同胞を率い機帝が聳え立っていた。炎の橙がその黒金の身によく照り映る。
血気荒立て凶器片手に揃い立った天銘会。月流は先に施設の者達は去ったと言ったが、だとしたら此処にいる者達は大方、この街の民なのだろうか。自分が懸命に守る事を誓った、愛すべき民。
「火蓮、百式、空牙。出来るだけ殺すな」
「・・・それはちと無理ってンで無いかい?」
「大将軍様の仰せだ」
聞こえていたのだろうか、機帝が鼻で笑う。蔑むように、憐れむようにその眼を此方に降ろしていた。ゆっくりとその手を挙げる。
「今こそ決起の時!!我が同胞達よ、共に行かん!!!」
機帝の声に応じ、今まで押し黙っていた幾百の人間達が声を張り上げ駆け出した。皆思い思いに、その理想のために、今他人を傷付けんとしている。此処まで人は変われるものかともとは善良であったろう市民を見てそう思う。
――革命とはそういうものだ
何時しか機帝はそんな事を言った。
「あっら~、来やがった来やがった」
「それでは、頑張りましょうね」
「おっしゃぁ!!一華咲かせるぜ!!」
砂塵巻上げ、民衆の群れが地を鳴らしながら此方に向かい来る。烈士隊は各々、構えた。
何度も明烈の言った言葉を心中で反復する。
――殺すな
何があろうと、『機動烈士隊』は成さねばならぬ。
数百に対し四人、だが数など問題ではないのだ。
「うおおおりゃああああっ!!」
空牙が斧で薙ぎ払い、風を起こし吹き撥ねる。地に叩き付けた竜神鉞は大地を隆起させ、敵の足を止めた。
「っしゃあ!!行くぜ『華龍』!!」
火蓮は止め処無く連撃を繰り広げ、その攻撃を一撃で極めていった。苦痛故に悶絶し、中には嗚咽交じりに、皆膝を折る。
「少し、大人しくしていて下さいね」
印を切り、
「剥魂遊離の術」
百式の術により、周囲の者達がゆっくりと意識を失っていく。
そう、数などは問題ではない。実質『天宮最強』の彼らに、そんなものは問題ではない。
この圧倒的な人数の差を埋め尽くす圧倒的な実力の前に、天銘会の者達は成す術が無く倒れて行く。何人かはもう、戦う気力を失いそのまま地に付いていた。
全力で淡々と、機動烈士隊はその騒ぎの中で立ち回った。
その中に、動かぬ男が二人。微動だにせず互いの眼を見、立ち尽くしている。
「この状況からして御主らの敗北は明らかだ。大人しく、負けを認めろ」
明烈がそう言うと、機帝は何時もの様に鼻で笑った。フンッと一瞥、だが常より鋭いその眼は、少し何処か哀しげでもあった。
「確か、明烈とか言ったか」
重い声で告げる。明烈は眼を狭め、口の中の唾を飲み込んだ。
「貴様らは・・・貴様らは本当に腹が立つ。何度も何度も俺達の前に立ちはだかっては、計画も何もかも打ち壊し・・・化け物風情の方が未だ可愛いものよ。大凰帝の犬どもめ、貴様らは、貴様らは本当に腹が立つ!!」
以前と同じように、機帝は怒りに任せその槍を大地に叩き付けた。砂塵が舞い、またあの焼け付くような臭いがする。その槍に巻き付いた鎖に流れる高圧電流、正確には彼が開発した
「何故分からぬ、何故理解できぬ!万人に万人の機会を、人民による人民の為の人民の国家が形成されるというのに、何故其れを否定する!?貴様らの腐りきった固執を捨て去り新たな天宮の世を築かんとして何が悪い!!!」
眼を見開き、声は荒ぐ。息を絶え絶え機帝は二者の間の静寂を激しく破った。
全ての不平を声に発する。
「明烈、貴様らの様に頑駄無軍団をも遥かに凌ぐほどの腕前を持ちながらも、一浪人の身で生きざるをえない者達が大勢いる事に俺は耐えられんのだ!!出来るものが出来る事をして何がいけない!?無能な者が何故のうのうと他者を支配する!?何が大将軍、何が武士ぞ!・・・何故、何故解らぬ!!」
唯、明烈は押し黙る。言い終わり肩を上げ下げ、機帝は興奮冷めやらぬ中、呼吸を早めた。
また、暫しの沈黙。
其れを破って明烈、
「御主の言わんとする事は、何も間違ってはいまい。確かに今よりも皆、幸せになれるであろう。だが、だが御主はその為に誰かを踏みつけて!懸命に生きている者達の人生を踏み躙って其れを成さんとした!大将軍様の事も城の者達の事も何も解ろうとせず!ただ自分の都合ばかりを押し付けようとなどと、拙者はそこが気に入らぬ!!」
「改革を成さんとするに多少の犠牲は必要なのだ!何も解らぬだと?自分の都合を押し付けているのは其方の方であろうが!!・・・良く分かった。到底、俺と貴様は分かり合えんようだな!!為らば、仕方ない。貴様の様な者を失うのは辛いが、消えてもらう」
手に持つ槍を硬く握りなおす。其れを見、明烈も腰の鞘から刃を引き抜いた。片方だけの『双月刀』に月が映える。
顔を上げる。見れば、今日は満月。
「一つだけ教えてやる」
居合いではなく、中段に刀を構え明烈が言う。機帝は眉を顰める。
「拙者が武者の称号を得ぬのは、拙者自身の意思だ!」
刹那に響く、金属音。それが始まりを告げた。
互いの武器を重ね、そのまま直ぐ離れる。すぐさま双月刀を構えなおし相手を見やる。もう、前の様にしくじりはしない。最早迷い無く斬る。
「人斬り風情が偉そうに!貴様らの様な犬がいる限り何も変わらぬ!!」
その槍に備えられた何尺もある鎖を振り回し此方に叩き付けた。威力は体験済み、それだけに全身の気を尖らせて避ける。
ほんの僅かの差、それも頬擦れ擦れに飛び交う鎖の一撃を交わす。するなり地を一蹴り、常人では到底不可能な、寧ろ超人でさえ危うい程の俊敏な動きで明烈は機帝の眼前まで迫った。刀を脇に構え、一気にその胴体を貫く。
「うぐ・・・が?!」
人で言うなれば水落あたり、機帝の胴を明烈の刃が突き抜ける。まるでガラクタの入った箱に手を入れた時のような、騒がしい手ごたえを感じる。刃を伝い、赤黒い油が流れる。
機械の、その身。
「クッ?!」
危機を感じ咄嗟に刀を抜く。自分に向かい帯電した槍と鎖が叩き付けられんとしていた。急いで横に廻るも、脚の辺りに軽い火傷を負った。
胴に風穴を開けながらも動ぜず其処に立つ機帝。歯車の噛み合う音、真鍮の軋む音、この男はやはり機械なのだと、今更に思う。
「素晴らしい腕だ、殺すには惜しい。俺もこう見えて昔は一端の武者だったのでな、お前の異能っぷりは良く分かる。・・・本当に素晴らしい腕だ」
「・・・・・・」
このような状況でさえ、自分もこの男も同じ事を考えている事に今気付いた。若しかしたら今の機帝には、改革も志も理想も何も関係ないのかも知れない。僅か四人相手に圧倒的不利なこの立場で、既に自分達の敗北を悟っているのかも知れなかった。
ただ、在るのは戦いへの欲求。この男もまた、虎。
「心踊る様だ。このような高揚した気分は久しい。お前を殺したいぞ、明烈!!」
空いた胴に手をやらで、その槍を両手に持ち振り回す。長い鎖はゆっくりと、そして次第に加速し、電粒子を帯びながら音を立て回転していった。
バチィ、バチィと今までに無く激しい音を立て、鎖は回る。之では迂闊に近寄れない。
「死ねい!!」限界に向かい光りだした鎖を明烈に叩きつける。
「喰らえ!『
爆発、地面が噴き上がった。大きく地面を抉り焦げた土を降らせ、その鎖は唸っていた。
その直ぐ横に、肩鎧の先端を失った明烈がいた。未だ赤を残す断面。
「外したが、次は当てる。そうなれば怪我では済まぬぞ!!」
「ならばその前に斬るまで!」
ゆったりと、双月刀を鞘に収めた。居合いの構え。じりじりと機帝の方へにじり寄る。機帝もまた、その槍を構え直した。回りだす鎖、狙う月の刃。
(まだだ・・・)
鎖は尚も回転を早める。
(まだ・・・!)
粒子を帯び、徐々に白く光り輝きだす鎖。機帝が槍を大きく振りかぶった。
――今!
低い大勢で蹴り出したその身は信じられない速度での踏み込みを見せた。気が付けば鼻の先、鎖が叩きつけられる寸前に
その一閃は、大きく外れた。
大きく体勢をくずし機帝に背を向ける形と為る。フンッと一瞥、
「二度と同じ手を喰うか阿呆。塵となれ、明烈!!」
勢いから大きく胸を開いた為、明烈の刀はその先を地に付いていた。バランスを崩した身は足元覚束ない。機帝は勝利を確信した。最高潮に極まった鎖がその上に在る。
明烈は眼を澄ました。
地に付いた、重さを増しているその刃を全力で振り上げる。
宛も狙い済ましていたかのように
その一瞬の隙を望んでいたかのように
双月刀は下方から斜め上に向かい思い切り機帝の身体を切断する。雑な嫌な音を上げながら刃は胴を昇り、そのまま振り上げている腕を片方機帝から斬り離す。鉄の身を抜け、刃が空に晒された刹那、一つだけでなく幾つもの傷が機帝の全身に刻まれる。
――月影流奥儀・『月光返し』
「な・・・・?」
驚いた様な顔で眼を見開きながら膝を折る。最早立つ事は出来まい。傷跡は放電し、青白い電光がちらつく。
地に横たえた機帝を、明烈がじっと、にらみつけた。
襤褸ついた帝王が、其処にいる。
「御主の負けだ機帝。大人しく、御縄に付け」
「何故殺さぬ?この期に及び情けを掛けるか?」
「大将軍様の仰せだ、皆殺すなと、そう仰った」
「フンッ・・・あの変人らしい」
倒れた弾みで機帝の半身がずれ、離れているのが分かった。左腕は最早無い。もう片方には未だ槍が握られてはいた。それでも命には別状は無いのであろうか、意識も何も機帝ははっきりとしていた。
「完敗、か。貴様らさえいなければな・・・」
「御主が終いに如何対処されるかは知らぬが、其れまでは生きていて貰う」
「この身でか?貴様も馬鹿を言う」
眼を閉じ、心底可笑しそうに、心底悔しそうに機帝が笑う。
「ふう・・・良いか明烈、革命を志す者はこうした結末でなくては為らぬ。西欧の事例を見てもそうだ。革命の指導者は皆英雄であり、かつ、悲劇的結末を迎えねばならぬのだ。
・・・このようにな!!!」
その身を動かしもう片方の手に握られた槍を振り上げる。咄嗟に明烈は構えた。だが槍は、帯電して白光を帯びた鎖を率い、宙に投げられる。
(いかん!)
其れが落ちた瞬間、機帝の身は粉々に砕け、朽ちるであろう。息を呑んだ、其の時、一瞬機帝と眼が合う
別の形で、お前に会いたかった――
気付いた時には遅く、槍は機帝の胸辺りに深く突き刺さり、鎖がその身に触れた。鈍く激しい音と一瞬の光が起こると、噴き上がった砂塵と黒煙と共に機帝の身体は消え去った。
唯其処に、目から生気を失った機帝の頭だけが残っていた。
其の間際の、満足そうな眼は、忘れない。
辺りを見ると誰も立ってはいない。自分の知っている仲間以外は皆、地に倒れていた。
(そうか、終わったのか・・・)
泣き声が聞こえる。呻き声も聞こえる。皆、苦しみを味わった。
仲間達が自分を見ていた。
「明烈殿、帰りましょう」
後は城の者に任せて、と百式は付け足した。
(終わったのだな・・・・)
振り返り再度機帝の頭を見やる。――死んだのだ。あの男は、もういない。
(さらばだ、機帝)
何処で踏み違えたのか、そう思う。機帝も、此処にいる奴らも、天銘会という組織をそう思う。最早其れは遅いのだけれど――
「帰ろう」明烈は呟いた。振り返ると、仲間達がいる。皆が自分の事を待ってくれている。
迷う事は無いのだ、心の中で繰り返して呟いた。
何故皆が皆幸せに為れぬのか。皆其れを求め生きるも何処かでちぐはぐに為ってしまう。所詮は無理なのかもしれない、唯の理想なのかもしれない。だが、自分が刀を振るう事で誰かが泣かずに済むのなら、自分はそうし続けるしかないのだ。
「帰ろう」自分にはその場所がある。もう遅くなったが、腹が空いてきた。ゆっくりと刀を鞘に収めた。
月は満月。真ん丸に照って。
「機動烈士隊・・・撤収!」
月に向かい叫んだ。そうすれば良い気がした。
一同も空を見上げた。
「終わったのかな?君の感想を聞かせてよ」
「……さあ」
さもつまらなそうに月流は返事をした。答える必要は無い、そう思った。
「つれないねえ。うーん、彼らは可愛い子供さえ、斬れるのかい?」
「……さあ」
「命に重さなんて無いと思うけどね。虫も君らも、命は等価だ。差なんて無い。だったら、迷わず皆斬ってしまえば良かったのではと思うのだけれど」
「其れができないから人間なんだよ、俺らは」
少し言葉を強めて、自分の不満を明らかにする。月流は先ほどから苛立っていた。この男の顔を、久々に見たからだ。
鳥目の面をつけ、その法衣から鳥の手足を覗かせた、やけに知った口で話すこの男。男は立っていた木の枝に寝そべり、何が面白いのか機嫌の良い声で笑いながら話しかける。
「不便だねぇ、僕なら一瞬かからずに終えるけどね」
「と言うよりあいつ等は特別なんだよ。俺達だって普通なら直ぐに終わる」
「殺すのを躊躇わないのかい?」
「其れを押さえながらやるさ」
「何だ、やっぱり不便じゃないか」
そう言うと男はアハハ、と軽く笑う。月流は込み上げる怒りを必死に抑えた。
「どういうつもりだ・・・?分かってんのか、手前の所為で・・・」
「未だ怒ってたのか?どうしてそう難しいんだ人間は?悪かった悪かった、でも面白かったろう?」
「愉快なのは手前だけだ!!」
怒鳴り上げ上を見る。男は驚いたように一瞬眼を丸くしたが、また直ぐに笑った。
「アハハ、そう怒らないでさ。深く考えるなよ、悲しみを引きずっちゃいけないよ」
「この・・・・・!」
「あ、迎えに来たみたいだ」
男があちらを向き、トンと地に下りてきた。恐ろしいほど軽やかな身のこなしである。
向かう先に四人、影が見える。月流は眼を細めた。
「また勝手に行動して〜。駄目じゃない、がるらん!」
「アハハ、ごめんごめん、煬爛帝。ちょっと知り合い見つけてさ」
「その人の子が知り合いか、駕屡羅?」
男と言葉を交わす全身薄紅色、桃色に近い、女。そしてその横には山羊面をした漆黒の男。
「ったく、そんな馬鹿なんざ如何でもいいだろ!早く済まそうか!」
更には鈍く金に光る男がいらついた口調で話す。
「五月蝿いぞ津具不天!口を慎め」
「何でこいつの勝手は許されて私は何時も駄目なんだ!?如何なんだ猛将!!」
「五月蝿い!耳障りだ」
金色と漆黒が揉め始めた。その様子を鳥男は笑って見ている。
「うぬらそろそろ止めて置け。俺はそろそろ我慢の限界。君らいっそ死ぬが良い。あ、少し字余り?( ̄□ ̄;)兎に角行こう、いいから行こう(´―`)」
端にいた黒尽くめ、いや、暗黒の男が告げる。
「手前ら・・・」
訝し気に、心の奥に漠然とした恐怖を覚えながら月流は声を漏らした。それに気付いたのか、五人が皆一斉に此方を向いた。只者では、絶対に無い。
「何か用?」
薄紅の女が怪訝な面持ちで問いかける。
「何者だ、手前ら?」
「ちょっ・・・それが人に何か聞く態度?!あ、私が女だからって馬鹿にしてる?してんでしょう!それって差別よ、や〜ね〜!!」
声を張り上げる女に圧倒されたじろぐ月流。一体何を言ってるんだ?
此方を見つめる女、鳥の面、山羊面、黄金、暗黒。総勢五名が無言の殺気を漂わす。思わず、吐いてしまいたくなる様な――
「まあ良いわ、今回は許したげる。次やったら殺すわよ!……何だっけ?私達、私達はね、」
女が五人の中央による。胸に手を当て誇らしげに語る。
「私達は魔界の芸術集団・創り彩り奏で詠い想う、その名を『幻路五上廠』」
「魔界・・・?矢張り、手前ら・・!」
「そろそろ帰りましょ。夜更かしは御肌に悪いわ」
「待て・・・!!」
待って貰って、如何するのだろう。自分に問う。一体自分に何が出来る?
「ごめんなさいね〜、強引なオトコは嫌いじゃないけど、また今度☆後半年後位に、お仕事に来るから、その時ね」
女が微笑んだ後に、鳥男が何やら術の様なものを唱えると空間が裂け、五人はその中に消えていった。
――馬鹿にしやがって
静寂の中に月流が残る。如何にも出来ない、ならば如何する?月流は自分を笑った。自分の親友を殺した憎むべき相手が眼の前にいると言うのに、自分は何もできぬ。顔を引きつらせ唇を噛む。
「もっと、それも計り知れない位に荒れるな・・・後半年、だと」
切に我が旧友、大凰帝大将軍の苦労を案じる。太平の世にこうも苦難が続くとは、矢張り呪われた星に生まれたのだろうか。昔大凰帝の言った台詞を思い出す――
「ま、死ぬなよ凰ちゃん・・・。どれ、帰る前に」
溜息を吐きつつ後ろを向く。とうに別れを告げた機巧作業所。もう直ぐ城の連中が後始末にやって来るだろう。
「生きるってのは難しいね。如何にも、上手くいかねえ」
ゆっくりと足を進める月流を、満月が照らしていた。