BACK N TOP



 畳に膝を着けやや顔を伏せ気味にしながら、磁武は大凰帝大将軍の前に座っていた。
謁見、とそう言うのであろうか。大将軍の前に鎮座している自分をそう思う。貴重な体験をしているのかいないのか、世の中には会いたくとも会わせて貰えぬ者がごまんといるというのに、そんな厳かな気分には到底なれない。家老や付き人、そうした数人の人間の存在だけが自分に若干の緊張感をもたらす。
 今、堂々と顔を上げて座っている自分のこの状況、言ってしまえば在り得ない。この天下に名高い『大将軍様』に恐れ多くも頭が高い、されどこの男は「面を上げよ」と決して口にしない上、此方がそうするまで口を開こうとしないのだ。初めにまみえた頃、延々と沈黙が続いた事をしかと覚えている。周囲に家臣が居るから未だ良いものを、二人きりだったならばどんな目に会うか分からない。
――最短距離で頑駄無軍団忍術部隊・副隊長にまで登りつめた自分が、 何の前置きも無く急に機動烈士隊に飛ばされたあの日。全てを疑い、全てを憎み、生きていく希望を失い掛けた。今では、まあ、それ程この状況に後悔はしていないが、やはり少し心残りはある。あの頃は肩書きだけを必死に追いかけていたから。
 只今、宵の頃。大将軍からの急な声でこうして御前に座っているわけであるが、どこかに残るこの愛すべき主君に対する漠然とした不安、それが今も漂う。
 大将軍らしい絢爛たる装飾、輝かしい鎧。大将軍その証たる結晶(クリスタル)、煌めく翼、金色の角飾り、何より目を引く『髭』飾り。
威風堂々・豪胆無比
新生大将軍より代々続く系譜、その五代目であるこの男の名は『大凰帝大将軍』。
――稀代の『変人』、人は彼をそう呼ぶ。

「如何だ、天銘会の居場所は割り出せそうか?」
「・・・いえ、未だ何とも」
「そうか。まあ、なるべく早急に、な」
「・・・ハッ」
 それで暫し、会話が途切れた。再び伏すように畳を見やるも手持ち無沙汰で、磁武は自分から語りだす事にした。たとえ家臣達に無礼といわれようが知ったことでは無い、寧ろそう思う家臣も居ないであろう。
「・・・御用は以上でしょうか?」
「うむ、本日来てもらったのは他でもない。実はな、」
パンッと勢い扇子を畳む。之はこの男の癖であった。見る者を圧倒するその『優し過ぎる』強い目で、ぢっと磁武を見る。
「先日からの『穴空き』の殺し、知っているな?まあ、つい先程解決したわけなのだが」
 何と、と心で独りごちる。此間たずさった事件だ。やっと解決したのか、妙な安堵が訪れる。
組んでいた足を崩し片足を立て、後ろにもたれ掛かる様に大凰帝は姿勢を変えた。一国の主が取るべき態度とは思えない、近くに居た家老が其れに気付き目を丸くしていた。何か言おうとするも、何時もの事なのか、聞き入れないだろうと分かると苦い顔でまた座りなおした。
「もはや天銘会の仕業であるのは間違い無いのだが、その中に一件だけ違う殺しが雑ざっておったろう」
 記憶を辿れば、確かに一つ、穴空きの其れとは別の死体を目にしたのを覚えている。穴と言えば穴、だが他のものとは違い、大きく不細工に開いた『破裂痕』。そして謎と共に朽ちた、原型が分からない程に破壊された頑駄無軍団だと言う男。結局それはまだ未解決の話であった。
「其処で死んだ武者、実は御庭番の頭を務めていてな。御主も知っておろう?」
 内で大きく鼓を打つ。血が一気に身体から抜け映像が真っ白になったかのような錯覚に陥る。知っているも何も――
(知っているも何も、陸苑様の事じゃ・・・)
御庭番、つまりは頑駄無軍団忍者部隊、昔自分の居場所だった所だ。すると殺されたのは自分の元上司、陸苑頑駄無という事となる。突然の知らせに磁武は愕然とした。
(・・・そんな、まさか)
 信じられるわけも無い。あの陸苑頑駄無が?そこら辺にいる忍者ではない、仮にもあの部隊の頭を務める男だ、気の違った殺し屋、通り魔等に殺される筈が無いのだ。
仮にも、仮にもあの男が――
知り合いが逝った時の悲しみというものを磁武は久々に感じた。
 そのまま大凰帝は言葉を続ける。
「そこでだ、磁武。御主代わりに御庭番を仕切るつもりはないか?」
「・・・なっ――?」
 思わず言葉に詰まる。本当に、本当に分けが分からない。喪失で空になった心に、急に朗報が注がれる。対応できるわけも無く唯唯、たじろう。頭が壊れてしまいそうだ。唇が、柄にも無く震えているのが分かる。自分は如何答えれば良い?
「聞いておるか、磁武?」
ああ聞いている。聞いているが分からない。
自分が何をすべきか、貴方が何をしたいのか。
「・・・私で宜しいのですか?」
 確かに願ってもいない事だ。過去にあれ程渇望した地位、名誉、全てが手に入る。正式な武者としても認められよう。
 快諾しろ。長年の夢だった事が眼の前に近付いているのだ。過去の無念を、あの後悔をこの身体は忘れてはいない。怒りが悔しさが身を破裂させんばかりに溢れ出たあの日。其れを思えば自ずと答は出よう。
――願ってもいない事だ
烈士隊の面々を思い浮かべつつ、磁武は繰り返した。
「御主が適任だろう。何にせよいずれ御主に任せようとは思っていた所だ」
 答えろ。笑いながら頷け。あの陸苑頑駄無は自分にその座を譲り、任せてくれたのだと、そう考えろ。彼の意思を引き継ぎ生きることが、彼に対するせめてもの礼儀だろう?
日々繰り返される烈士隊での暇な生活も、ようやくおさらばだ。もうこの才覚を持て余すことなく、其れこそ場内清掃や慈善活動に従事することも、朝から晩まで将棋を指すことも無い。あの阿呆とも接せずに済む。やっと自分の望む場所で生きられるのだ。
 何を迷う?
半笑いで磁武は口を開いた。
「・・・大将軍様は一体、何が、何が為さりたいのです?」
皮肉めいた調子で言う積もりであったが、声が震えていまいち決まらない。泣き言を述べている様にも取れよう。
「・・・何故数年前に私を副隊長の座から降ろして、今更そんな事を仰るのですか?ようやっと定まった私の場所を、また貴方はお奪いになるのですか?私は・・・私は自分が如何したら良いか分かりませぬ!」
 感情に任せるまま述べて声を張り上げる。家臣が神妙にしろと注意を促すも、何処吹く風、今の自分の耳には入らなかった。身を崩した楽な姿勢のまま大凰帝は笑い出した。
「ははっ、以前の御主なら間髪入れずに承諾しただろうな。愉快、愉快。やはり御主を烈士隊に送って正解だった様だな」
 悪戯に成功した幼児の如く、無邪気に笑う様は何とも優美であった。ハッとしたかのような顔を上げ、暫し磁武は大凰帝を見ていた。
「御主にとっては不遇だったろうが、中々楽しかったろう?御主が忌み嫌っていたあんな身分の者達でも、目を見張る様な者は居るのだ。単調でくだらぬ反面、十分刺激のある日常であったと思うが」
 そう告げ、再度扇子を拡げ仰ぎ始める。満足げに、問いかける様に、澄んだ目が此方に向かう。磁武は益々中途半端に笑った。
「・・・如何して貴方は、其処まで変人でいらっしゃる?」
「ハッハハ!!自分の部下にこうも直に言われると滑稽だな!」
 周囲の者達が口を慎めという暇も無く、大凰帝は大いに笑い、そのまま立ち上がり窓の方に向かって歩き出す。格子を上げて、
「おお、もう星が出ておる。良い夜だ、月があんなに照っておる」
 この方は星を見るのが好きだったと、そう思い出す。前に長々と『宇宙』というものの話をされた事を思い起こした。予想外に興味深かったことを覚えている。同時に、満ち足りた大凰帝大将軍の顔も。今もまた、その時の顔付きをしている。
「星はやはり良い。天界も、あの夜空の向こうに在るのだろうか?・・・そうだな、若し生まれ変われるのだとしたら、今度は別の星に生まれてみたいな」
哀しそうに、大凰帝は告げた。
「私はな、知っているのだ。何時、如何様に、何処で自分の一生を終えるかを。夢で幾度も結晶鳳凰が其れを告げるのだ。幾度も幾度も、私が生まれたその日から、何度も――
私は変人だ。それは分かっている。家臣の者達の気苦労もさぞ重いだろうな」
 だから未だに嫁を取らぬと付け足し微笑む。恥かしそうに周囲の者は目を合わせぬように顔をそむけた。その優し過ぎる目は心に、在りもしない罪悪を生みかねない。
「だが私はやらねばならぬ。自分の信じた正義で皆を、出来るだけ多くの者を幸せにせねばならぬのだ。いくら揶揄されようと構わぬ、『変人』で結構。父上も、祖父である武威凰も、皆其れを知った上で私に任せてくださっている。私は答えねばならぬ。皆の願いに、つまり皆の笑顔を実現せねばならぬのだ」
 話を終えると、大凰帝は部屋を出て行こうとする仕草を見せた。
要は変人――
 闇の者との過剰なまでの宥和政策、減税、積極的な公共事業の増加。その見た目とは裏腹な質素な生活。皆何だかんだ言いながらも、彼の恩恵を与っている。
「答えは何時でも良い。気が向いたら出向いてくれ」
そう言い残して大凰帝は部屋を退いた。
 ゆっくりとその去り行く姿を目で追う。その身をキラキラと、蝶の燐粉の様に光が舞う。美しいと、磁武は思った。
その光粉が部屋を去り襖を閉めるのを確認すると、磁武は一息つき、立ち上がる。
(・・・いまいち噛切れぬ)
誰にも聞こえぬよう、小さく舌を打った。

刹那、爆音

 先まで大凰帝が覗き込んでいた窓周辺が破裂音と共に爆発する。煙と風が一気に内側に押し寄せ、壁の粉塵が顔を擦る。家臣達が騒ぎ始めるその中、磁武は緑硝子のゴーグルを起動させた。之なら暗所だろうが何であろうが視界を失うことは無い。
 咄嗟の判断。身体がもう其れを覚えている。こうした状況で自分が如何在るべきか、を。
 自分の意志では最早無くて、
 幼き頃から染み付いた一種の癖。
外に映る、逃げる様な人影めがけ、磁武は駆け出した。


 影は天守閣から下方へ、身を投げ飛び降りていった。躊躇せずそうした行動に出る様子から、どうやら忍者としての修練をある程度積んだ者の様だ。吹き上がる風を受けつつ、もっとも自分が風に向かっているに過ぎないのだが、磁武は影を追う。
一つ下の階層の屋根に足を付く。上手く体重を殺し足への衝撃を和らげ、またすかさず追跡を開始する。特に足が速い相手ではなかった、自分と同じくらいだ。
「・・・止まれ!止まらねば撃つぞ!!」
 腕に備えた『雷鼓』。確かに人は連射の状態で人は殺せまいが、動きを抑えることぐらいは造作ない。先ずは足、狙いを定め連射する。小気味良い鼓の音が鳴り響き、黄金色の雷球が影目掛けて飛行する。
 パシィッ
妙な音と共に大きな雷球、自ら放った雷電が一つに纏まり此方に向かってきた。それはいつも自分が誰かを殺める際に用いる程度の大きさ、その事を察知するや否や磁武は大きく左方に跳んだ。
「・・・ぐぁ!!」
掠めた腕が激しく痙攣する。自分の意志では如何にもならない。初めて、雷鼓の雷撃を受けた。
(・・・予想以上に威力あるじゃねえか・・・!)
苦笑い、やはり実際に体験せねば何事も分からぬものだと思う。引きつった顔で、此方を見ている影を見る。
 金色に輝く憤怒の形相の鬼の面。一方の腕は無く、その分も飾り付けられた隻腕に取り付けられた異形の鍵爪。身は銀色に照り輝く。
(・・・こいつも、半鉄機とやらか?)
この間のあの砲撃野郎と何となく雰囲気が似ている。
――一方で、あの隻腕が引っかかる。何故かは知らない、いや、知っているのかもしれない。唯、認識したくないだけ。
 動きを止めた磁武に向かって飛び交う鋭利な金属。どれも正確に急所を狙いすまし放たれている。かなりの腕前であると磁武は評価した。
――やはり玄人か、そう思う度、磁武の胸中は騒ぎ出す。
(・・・まさか、な)
 腰から苦無を取り出し、向かう刃を払い落とした時にはもう、影の姿は無い。ぞくりとしたものを覚え背後を見るも、いない。左右にも、いない。
(・・・畜生、上か?!)
いない。何処にも、いない。空っぽの夜空を見上げ、磁武は戸惑った。月光が眩しい。
 気付いた時には既に遅い、腿の付け根を斬られた。敵は、自分の足元に。
「・・・なっ!!!」
 気付かなかった、気付けなかった、甘かった。血と共に吹き上がる激痛に苦悶、その痛みに任せるかのように足元目掛けて雷鼓を激しく連発する。舞い上がる城瓦。
 斬られた右足がクタッと力無く折れ、そのまま体勢を崩す。再度敵を見失った磁武に『恐怖』の二文字が浮かんだ。
「ここだ、よ」
声が。
今度は背後、自分の頭が今、その大きな鍵爪に刈り取られそうになっている事が解った。
ああ、首をそのまま根こそぎ、持っていかれて、
「・・・たまるか!」
 後方に全体重を乗せた。重力と共に落ちていくその身は間一髪で鍵爪の刈を避け、そしてそのまま後ろに転がっていった。起き上がり様、空かさず連射を見舞いする。
 
パシィッ、と再び妙な音。今度は判った。異形の鍵爪が雷鼓の砲撃を『掴み取る』音。
「・・・な?!」
掴み取られた小さな雷撃は、互いに吸収し合う様に掌中で合体し、新たに一層大きな球体を形成していた。まさかそんな事が、そう思う磁武を他所に無慈悲にも膨らんだ雷球が磁武目掛け飛んでくる。だが跳んで避けるにも利き足がこれでは、あまり期待できない。
(・・・なら!)
 金色の粒子を放ち光輝する雷鼓を前方に向け、一気に其れよりも巨大な雷電を放出する。
一撃は向かい来る雷撃を飲みこみ打ち消すと今度は敵に向かい行く。一層巨大さを増した雷撃、だが其れも、例の鍵爪はしっかりと受け止める。握られ歪に変形する雷球を、勢い、振りかぶった様な姿勢から敵は投げ返した。加速し、磁武に襲い掛かる。
(・・・果たして之より強いのを撃てるか・・・?)
 雷撃を溜める時間は限られた短時間、果たしていけるか、否か。どっちにせよ撃たねばなるまい、それ以外生き長らえる術が思いつかない。
全てを賭けて、撃つ。
(・・・之で如何だ!!)
伸るか、反るか。
 磁武の雷球が一歩上、更に向かい来る雷球を飲み込んだ。之なら、之なら掴めまい。
「甘いぜ、磁武」
初めて開いた敵の口。逃さなかった。
男、声から察するに、そう呟いたのを磁武は聞いた。何故自分の名を、知っている?
嫌な予感を覚え、雷球の行方を磁武は追う。案の定あの爪はしっかりと雷球を握り締めていた。激しく歪みながらもその手に収まる球体。もう、これ以上の雷電は撃てまい、撃つには溜めの時間が短すぎる。
当たったら死ぬだろうが、絶対に、撃ち返せない。
「・・・まあ、その必要は無いがな」

 握った金色の球と共に鍵爪に突き刺さった苦無。とびっきり、伝導性の高い、特別性。

「があああああああああああ!!!」
隻腕に備付けられた爪手から一気に全身に電撃が廻る。隅々まで、至らないところ無く。十分に人一人は殺せるだけの電撃。男は激しくその身をビクつかせながら倒れ込んだ。磁武は静かに忍び寄る。動くことの出来る身体ではないだろう。永遠に停止してしまってもおかしくは無いのだ。未だ痙攣は止まってはいない。と、
「クッ・・・・」
「・・・動くな」
 急に身を起こした男の額に雷鼓の銃口を当てる。痙攣も、演技と言うわけか。
「・・・何故立っていられる?死んでもおかしくは無い、寧ろ俺は殺す気だった」
「随所、絶縁体を仕込んである。致命傷には至らぬ」
そこまで――一体何故?
「尤も、頭を撃たれては仕様が無いがな」
「・・・」
磁武は無言で、もう一方の手で男の仮面を剥いだ。
 見慣れた顔が、其処にはあった。
 予想通りの、顔。
 懐かしい、顔。
 唯一の家族の、顔。
 唯一の友の、顔。
其処に其れは在った。
「・・・磁玩・・・」
「久しぶりだな、磁武」
其処に在ったのは嘗ての同胞、師の下で共に育て上げられた旧友、磁玩の姿であった。

「・・・何故、こんな事を」
「決まっているだろう、雇われた」
自分の問いかけを嘲笑うように、磁玩は答える。
愚問だよ、とでも言いたげに鼻で笑う。
「・・・そうではなく、何故、そんな事をしていると言っているのだ!」
お前は、自分以上に忍びという職に憧れと責任を持っていた筈ではないのか?城に勤務するという事にあれ程目を輝かせていたお前が、何故そんな仕事を請けている?
「金が無くて暮らせるか?食い物を買うためには仕事がいる」
「・・・俺が聞きたいのはそんな事ではない!」
「俺から片腕を奪ったのは誰だ、言ってみろ!?」
思わず怒鳴った磁武に、磁玩は怒鳴り返した。先程から抱いていた違和感、其れが疼き出す。やはりその腕は、お前か――
「磁武よ、いいか、隻腕の忍びなんぞ、何処も彼処も雇う筈もないのだ。使い物にならぬ忍びが殺し屋・雑用云々に為る事に、何の不思議がある。野心と希望に満ちていたあの頃の俺はもういないんだよ。そいつは、とっくの昔に世の中に殺されたんだ」
吐き捨てる様に磁玩は言う。
あれは、事故だった。言い訳かもしれないが、あれは事故だった。仕方が無かった。演習中の不本意な悲劇。だが結果として其れは、この男から全てを奪ってしまったのだ。
 磁武の鼓動は早まる。
「俺は堕ちた、どうしようも無く、堕ちに堕ちた。堕ちて堕ちて、殺し屋家業もすっかり板についてきたある日、俺は機帝と言う男の事を知った」
「・・・・・・」
「何でも腕を生やせる奴がいるらしいと聞いてね、俺は歓喜したよ。すぐに俺は機帝とやらに会いに行った。少しの望にかけたんだ。だが、俺はもう遅かった。鉄の腕を繋ぐにも時間が経ち過ぎていたらしい。絶望したよ、もう如何でもよくなった。いつ死んでも良くなった。少しの希望も、全然俺に笑っちゃくれねえ。そんな中、お前が今度、御庭番の頭を務めるってぇ話を聞いた」
 当の本人は今日知ったと言うのに、噂は広まっていたのだろうか。尤も、未だ返事を出しかねている最中なのだが。
「驚いたね、驚いたよ。流石は、って思ったさ。そして、お前が妬ましかった、憎かった。俺はこんなんなのに、何でアイツだけって、ね。俺たちゃ兄弟だろ?血は繋がってねえけどよ、一緒に育った兄弟じゃねえか?」
「・・・・・・」
「前を恨むよ、磁武。そして思った、お前を殺そうってな。俺は機帝に頼んで、この身体を鉄の身に変えた。話は軽く進んださ、御互いの利害が一致したからな。代わりに俺は烈帝城天守閣の爆破を引き受けたってわけだ」
全てが、俺の為に改められた肉体。俺を殺る為だけに変容を遂げた肉体が、くろがねに照る。
磁玩は自分の額に向けられた銃口を掴み、自ら押し付けた。
「身体は確かに大丈夫だが、頭は無事では済まない。撃てば俺は死ぬ。ほら、撃てよ!」
「・・・出来る訳」
出来る訳が無いだろう?
お前は、お前はたった一人の家族で、仲間で、友だ――
「撃てよ!撃てねぇンなら俺がお前を殺す!親父はそう言ったろう!?」
「・・・・・・」
 師は、磁玩が父と言う男は言った。
二人互いに殺し合う事になったとしても、躊躇する事無かれ。
それは我らが忍び故。情や愛よりも契を重んじる忍び故に。
その言葉は決して忘れてはいない、忘れる筈も無い。
 父が、別れ際に残した言葉だから――
「撃て!撃て磁武!!」
「・・・・・・・」
「あああああ!!なら!!」
 磁玩は突き付けていた雷鼓を払うとその隻腕に取り付けられた大爪で磁武の身を掻き裂いた。深い傷が出来上がり、暗赤の色が滲みあがる。それでも磁武は動かず、朦朧もうろうとしていた。
(・・・何故、何故今日はこんなにも一度に事が起こり過ぎる!?)
身を震わせ、運命を恨む。友がそうした様に自分もまた、恨んだ。
「何で撃たない!?撃て撃て撃て撃てぇぇぇぇ!!!」
一跳び後ろに下がった磁玩から、再び向かい来る鋭利な刃物。それでも磁武は黙って、その全てを自らの身を以って受け止めた。思わず膝を折る。
「何故何故何故撃ち返さない?!避ければいい!!」
「・・・何故」
刺さる苦無を抜きながら磁武は呟いた。痛みに思わず歯を食い縛る。痛い、痛い。だが、磁玩はもっと痛かったのだ。
「・・・何故、今まで一言も声を掛けてくれなかった?そんなに俺が憎かったか?その腕の事が気に入らなかったのなら、そう言ってくれれば――何処までも、一日中、いや一月だって俺は地に伏せて謝れた。・・・何で全部独りで背負って来たんだ?」
止め処なく血を流し磁武は一歩一歩前に進む。苦痛からか、悲しみからか、身を震わせ雷鼓を構える。
「分かってるんだろう、俺が何故此処に来たか」
「・・・やり直せる、きっとやり直せる。まだ、大丈夫だ。だから・・・」
「もう遅いさ」
近付いてくる磁武を見、磁玩はその腕の武具を外し、投げ捨てた。腰につけた苦無も、何もかも放り投げる。
「そうだなぁ、でももう遅いんだ。俺は、堕ちすぎたんだな。確かにもっと早くお前と会ってればこんな事には為らずに済んだかもな」
「・・・遅いなんて事あるかよ!口利きでお前を雇って貰える様な所を探してみるさ!だから、だから――」
「もう、退けない所まで来ちまったんだ。俺は覚悟決めて此処に来たんだぜ、解ってくれ。
――昔、俺が言った事覚えてるだろう?死ぬ時は、お前に殺されてえ、って」
覚えている。覚えているさ。
「何で、こんなんなっちまったんだろうな」
「・・・全くだ」
「でももういいさ。覚悟決めて此処に来た」
「・・・・・・」
「撃て、磁武」
「・・・・・・」
ゆっくりと、雷鼓を持った腕を上げる。その先、ほんの一寸の距離にある磁玩の顔。
唇を、噛む。
「ああ、そうだ。これ後で見とけ。天銘会の塒の場所だ。奴ら、今夜この城に攻め入る気らしい」
そう言うと磁玩は懐から紙包みを取り出し磁武に向かって放り投げた。
 上を見上げ、微笑む。
「また、会おう」
「・・・ああ」
磁武のゴーグル、緑硝子は濡れていた。
大きな鼓を鳴らして、雷鼓は大きな雷撃を吐いた。
磁武は朽ちた友の身を抱えて、久々に泣く。
声を上げて呻く。
けれどこの声は友には届くまい。
――月は、霞んで見えなかった。
 


 灯りが弱々しく灯る薄暗い部屋で、明烈はじっと鎮座していた。神妙な面持ちで傷だらけの身で床に伏す雌雄を見る。
 半刻ほど前、天銘会の機械人形、つまりは之が自分達の追っていた『穴空き』殺しの下手人だったらしいのだが、との戦闘で瀕死になった雌雄が運び込まれた。医者の手に掛かってはいたものの、その散々たる様子には思わず目を細めた。喉をやられ声は上げられず、背や腹、肩など随所に穴型の傷が出来ており、そこから滲んだ血が包帯の白を染めていた。医者の及ばぬ分を、百式の術法である程度傷を塞ぎ何とか一命は取り留めているものの、危険な状態には違いなく、明烈は気が気でなかった。この男の実力はよく知っているだけに、此処まで追い詰められたという状況が納得できない。
(如何した、雌雄?)
幾度も問いかける。夜ももう深まっていた。今日は寝れそうにない。
「・・・なんだ、先客がいたか」
 声がし、後ろを振り返るとそこには傷だらけの磁武の姿が在った。明烈は虚ろであった眼を見開き驚き見れば、雌雄に負けじと劣らず無残な身体。胸に大きな傷後を付け、各所付け根などから血を垂れ流している。下手をすればもう死んでいてもおかしくはない。ふらついた身を支えるべく壁に寄りかかっている。
「磁武、御主――?!」
「・・・少しばかりしくじった。仕事に私情は挟むものでないな」
「待っていろ、今百式を呼ぶ!医者が来るまで少し辛抱しろ!!」
慌てて立ち上がる明烈。声をあげ百式の名を呼ぶ。確か皆と共に茶の間にいる筈だ。早く、早くせねば!この止め処なく流れる血を少しでも押さえねば!
 そんな明烈を見て、磁武は軽く笑いながら呟いた。
「・・・まあ待て明烈、話がある、聞いてくれ。やっと、奴らの居場所が分かった」
「何?!・・・いや、それは後でゆっくり聞く。今はそんな時では――」
「・・・奴ら今晩の内に烈帝城を落とす気らしい。さっき天守閣で爆破騒ぎがあった。城が落とされる事はないだろうが、民衆を巻き込みかねないだろう。その前に、止めねば」
明烈の眼付きが変わった。
「何処だ、磁武」
「・・・きっと驚くぜ。『敵は己の内に在り』ってな。盲点だった。奴ら、すぐ近くに居やがった。此処から一里も無いとこにある、幕府管轄の機関にな。何処だと思う?」
 もしや、それは――
磁武は悪戯っぽく笑う。

「鉄機技巧開発機関・別名『機巧作業所』。嘗て機帝が死んだ場所だ」



BACK N TOP

-Powered by HTML DWARF-