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 あの頃の自分にとっての憧れであったこの刀を、今こうして腰に下げている。何時か、と心に決めていたこの鎧もすっかり身体に馴染んだ。無邪気に笑い、まだこの世の悲しみも何も知らない澄み切った眼が常に幸せだけを映し出していた。見るもの全てが美しく、永遠に感じられたあの頃。
――驚くほどに時は立ってしまった。
むくろを抱き涙を流し続けたあの夜。
あの夜から俺の心の中に鬼が住み続けている。揺ぎ無く俺を睨み続けるその鬼を、俺は常に憎み続けた。
全てを奪った鬼。
余りにも悲しい鬼。
未だ鬼は心の奥で叫び続ける。鬼は泣いているのだった。そんな鬼を見て、俺は答えを出せないまま今も生きている。
今でも、秋風が吹き荒れる心地がする。



 息絶えた穴空きの死体。死人に口無し、最早何も語ることの無い冷たくなった身を風に晒し、骸はとうに息絶えていた。
「之で、八、いや九人目か・・・」
雌雄の頭をここ数日に見た死体、同じような死に方をした、が過ぎる。その身に鎧ごと撃ち抜いた『穴』が複数空き、息絶えた数多の遺体。其れは全て城仕えの中級武士であった。一日に三人が見つかった日もあった。
 恐らくは銃による凶行であろうと睨んでいる。だが鎧に之だけの穴を空ける火器など、使用すれば発砲の際にかなりの音がする筈である。ここは飲み屋の通りに面した歓楽街、そんな音に誰も気付かず殺しが行われる事などあるだろうか?それに鎧に此処まで綺麗に穴を空ける銃など、雌雄は頑駄無軍団等の上級の武士以外で持っているのを知らない。
「御主もやはり傷が気になるか」
「ああ。銃、とはとても思えねえ。かといって突き傷でもないしな」
隣にいる明烈もまた同じ事を考えている様であった。
 晴れた空の下、心持ちは薄暗くパッとしない。それぞれが口にしたい事を抱えていても、決して口には出さず、内で渦巻く。
「あのぅ、一つだけ言わせてください」
後ろから禰絽ねろという同心が声をかける。この殺しを担当している同心の指揮を執っていると聞いた。
「今まで何も手を討てなかった事は、本当に申し訳ない。力及ばず、です。ただ。ただ、この捜査に何の意味があるんです?最早この殺しは天銘会ってのがやったって解ってるんでしょう?ならこれ以上の探索などせずにその天銘会とやらに踏み込んで斬ってしまえば良いのではないですか?」
 何時に無く、少し慌てた口調であった。少し間を置いて明烈が答える。
「相手の居場所が判らぬ故。その調査も此方で進めてはいるで御座る」
「そうですか。・・・あのね、はっきり言いますよ?之までに私なんかよりも上の武者達がごろごろ殺されちゃってるわけですよ、その下手人を捕らえろと?話し合いや何かに応じる相手でないのは明らかです、もし刀を交えたら私は斬られてしまいます。・・・怖いんですよ、これ以上は!!」
 急に声を荒げた禰絽に二人は少し驚いた。日頃はいつも笑っている様な愛想の良い男だったために、以外であった。
「私達がやる必要なんて何処にも無かったんだ!頑駄無軍団でも何でも街に張り込ませて、その下手人を斬ればいいでしょう!?私達に何か遣らせるだけ無駄ってものですよ!一体大将軍様は何がしたいんです?!そんなんだから稀代の『変人』大将軍だなんて言われるんですよ!!だいたい・・・」
 眼の色を変えた雌雄が胸倉を掴む。息が滞り、禰絽は言葉を続けるのを止めた。睨みつけながら雌雄が静かに言葉を出した。
「手前大将軍様の御意思も知らねえで勝手言ってんじゃねえぞ・・・!
頑駄無軍団を出せ?そしたら街の奴らはさぞ不安がるだろうな!それにつけ込んで天銘会は街を戦場にするつもりだ。いいか、あの方は誰よりも優しいんだ、誰よりも皆の事を思ってんだ!」
「・・・解りませんよ、なら私達は死んでも構わないって言うんですか!」
その言葉に反応したのか、雌雄が拳を固めて殴る体勢に入った。禰絽は手を掲げ何とかその顔を守ろうとする。
「雌雄、よせ」
「・・・っ」
小刻みに揺れる腕を明烈が掴んでいる。時折見せるその強い眼をに見られると、雌雄は手を離した。遣る瀬無い怒りと恐怖で半泣きになった禰絽はサッと雌雄から距離を置いた。一歩前に出、明烈もまた語りだす。
「禰絽殿、御主の申すのは尤もで御座る。御主らが死んで良いなどという事は決して無い。大凰帝様が機動烈士隊を創ったのは其の為、誰にも涙を流させぬ為よ。拙者らが死んでも誰も泣かぬさ。拙者らは、独り故に」
何も背負う物は無いと、心の中で独りごちる。
「御主が何か気兼ね事は無い。謝るのは拙者の方だ、何も、何もできなかったのだから。得体の知れぬ輩を追いながら、さぞ気苦労した事であろう。
禰絽殿、今まで御苦労であった。御主らは只今この場を以って御役目御免とさせて頂く。もう何にも怯える必要など無い」
明烈の言い放った台詞に禰絽も雌雄も、共に驚きを隠せなかった。少し間を置く、言葉に詰まる。何の事やら理解できない。
「え・・・?其れは、どういう・・・?」
明烈は懐に手を忍ばせ、一枚の令状を取り出し拡げた。右端に押された大将軍家の朱印。
「大将軍様の御意思だ。――本日を以って天銘会に関する一切の処理は、全て我ら機動烈士隊が受け持つ事となった。総勢六名、拙者らがこの命に賭けてこれ以上の凶行は許さぬ」
そう告げ終えると、再び紙をたたみ胸にしまう。
「・・・え?ちょ・・・あなた方六名、たった其れだけで?幾等なんでも無理でしょう?頑駄無軍団に協力を申し出れば・・・!」
「理由は先に雌雄が述べた通り。拙者らは刀、大将軍様の意思を受け持つ刀、それ以上でもそれ以下でもない。
――無理、ではないさ。何故なら、拙者らが、機動烈士隊だからだ」
身をひるがえして、禰絽に背を向け明烈は歩き出した。禰絽は引き止めようとしたが、どうしても出来ない。そんな雰囲気をこの背は語っていた。
確かに恐ろしいが、何も此処までしてくれることは無い――
申し訳なくも、自分の無力さが情けなくもなり、禰絽は顔を伏した。
 彼らを大将軍の道楽と、人はそう言う。自分も例外ではなかった。民の笑顔の為に死ぬことの出来る彼らを、そう思っていた。
 


 もうすっかり日は暮れた。薄暗い外に眼をやりながら、雌雄は御猪口おちょこに注いだ酒を口にした。熱い液体が喉を通り、頭の中を少しづつかき回される。次第に虚ろになって来ている眼が分かる。
今日もまた変わらずに、行き付けの飲み屋で酒を飲む。
仲間のことを思う。例の『穴空き』の下手人を捕らえる、もとい斬る為に、自分達は今日から夜通しの張り込みをせねばならぬ。なのに、仮にも副隊長を務めている自分は晩酌ときた。我ながら可笑しくて雌雄はクスクス笑った。心の中で皆に申し訳ないと謝る。
馬鹿をしているとは思うが、飲まずにはやっていられない、というのも事実だ。数日前にあの事を聞き、そしてこの眼で見た、その時から。不安と焦燥と興奮の入り混じる吐息が四六時中漏れる。あの穴空きとは別のあの死体。
 鬼が、帰って来た。
その事を考える度、自分には制御できない何かがこの身から溢れ出そうになる。怒りか、悲しみか、憤った何かが、其処にはある。
「御馳走さん」
「あれ、もう帰るのかい?何時に無くはやいねえ」
「どうも酔えなくてな。勘定、此処置いとくぜ」
ほんの三口付けたか付けないかで席を立つものであるから、店の者は訝しがった。身体でも悪いのか、と尋ねようかと思ったが、この男は何かと立ち入られるのを嫌うので、そうするのを止めた。

 暖簾のれんを掻き揚げて外に出れば、春らしい暖かな空気が迎えてくれた。所々灯る赤提灯の歓楽街、此処は何時も賑やかで賑やかで仕方が無い。この様な場所で続け様に九人殺されたなどと、雌雄は今でも半ば信じられなかった。
――鬼も又、この街の何処かにいるのであろうか。
少し霞む眼を細め、仕事を努めようと歩き始めた。
 何処に行こうか、張り込もうか、それともこのまま宛てなくぶらリぶらりと彷徨っていようか。只脚が進むのに任せて雌雄は思案していた。上手く考えることが出来ない。少しとはいえ、やはり酔っている事を改めて認識した。
脚が僅かに千鳥足。
「あ、」
 横を歩いていた人影が自分にぶつかり倒れる。積んであった桶やら盥(たらい)やらが音を立てて崩れ去った。どうやら同じ酔っ払いか。
「悪い悪い、大丈夫か?おい、立てるか」
暫くしても僅かにしか動かず、立つ気配は無い。もしや寝てしまったか。眉をひそめて舌を打つ。雌雄は手を差し延べ其のまま身を起こしてやろうとした。
「おいコラ、んなとこで寝るんじゃねえよ。おらっ、立て」
抱えた身は予想に反して重く、冷たかった。酔い人にしては妙だ。顔には髑髏の化け物のような禍々しい面を付けている。祭りか何かの帰りであろうか。
 酔っ払いは何とか立ち上がると不安定な脚を揺ら付かせながら雌雄に寄り掛かって来た。肩に手を回し何とか身を保つ。
「お〜い聞こえるか?仲間はいねえのかオイ」
何とも厄介な事になった、と心の中で溜息。呆れた眼で酔っ払いを見る。
暫く前に進むと何処と無く酔っ払いが前を指した。
――前には何も無い。何処にでもいる自分達の様な酒飲みが賑やかに騒いでいた。
「?何だ一体、何かあんの・・・」

ガッ、と急に傍らに居た酔い人が雌雄の首を掴んだ。在り得ない位強く締め付けるその冷たい手。雌雄の顔が驚きと苦痛とで大きく歪んだ。
「はっ・・・・がっ・・・な・・・!!?」
首に激しい違和感。其の手を何とか離そうと必死に抵抗するが、その手は極めて堅固で離れない。嘘の様な力でゆっくりと雌雄の身が浮かび始めた。
 止むを得まい、何とか、と浮き上がった其の脚を振り上げ相手の喉下を蹴り上げた。離れる手、酔っ払いの身体は先程同様、地に崩れた。
「ゲホッ!!・・・ボッ・・・ガハッ!!ガハッ!!」
思わず咳き込む。再び空気をその身に取り込み何とかやり過ごす。倒れた酔っ払いは再び身を起こし始めた。と、
(・・・!!いつの間に・・・?!)
背後に感じる違和感。振り返れば其処にもう一人、同じような面を付けた人影。そして自分の背中を伝う生暖かい血、『穴』の傷が六つ程。
 もう酔いは醒めた。自分を囲う異質な二人。冷たく、何も発しない。
其れは鉄機故に。
其れは機巧からくり故に。
歯車、油の廻る音、聞こえる筈も無いが、感じられる。
 はて如何するか。仲間を呼ぶのが得策だろう。未だ騒いでいる酔っ払い達が何処まで真剣に聞くかは疑問だが、彼らの身の為にも、応援を呼ぶためにも声を上げねばなるまい。
「オイ手前ら!!命が欲しかったらとっとと逃げやがれ!!そんでもって誰だって良い、城の侍にでもこの事を知らせろ!!!」
出来る限りの声を絞るも、どんちゃん騒ぎは収まらない。飲み屋通りというものはそんなに五月蝿いものか?誰も彼も声に反応しない。誰も彼も聞いちゃいない、未だ自分の酔いに酔って現とも覚えぬ心地で居る。
 同時に自分の異変に気付く。呼吸がおかしい。口・鼻を通る気体をほとんど感じない。代わりに喉に空いた小さな四・五の『穴』から行き来する空気。声は、いくら絞り上げようと音にはならない。
 恐らくは、指によって空けられた穴。
「・・・・カ・・・ッハ・・・?!」
 今までこんなに賑やかな場所で堂々と殺されていた理由が分かった。誰も自分が死んでも暫くは気付くまい。酔っ払いどもは、同じ酔っ払いの喧嘩か戯れ合い位にしか取らないだろう。
 引きつった顔で雌雄は笑う。左右に位置した二人、二つの鉄機武者が構え動き出した。
――殺る気だ
(そろそろ、覚悟決めるか・・・)
此方も、と腰に掲げた長い鞘から抜身を取り出す。久々の事に、こんな状況でさえ高鳴る胸。自分もまた虎、故に。薄紅・薄刃の長刀『紅化粧』を手に、そう思う。驚くほどに軽く嘘のように硬質なこの刀。
 流石に刀を振り回して騒いだら酔っ払いどもは気付くだろうか。兎に角、此処で目の前にいる『機会チャンス』を逃しては為るまい。次第に呼吸が苦しくなり始めている芳しくない状況だとしても、其れは在ってはならない。
(銃じゃねえってんなら話は早い、斬り落とす)
狙うはその腕。目配せ、自分を挟み込む様に二体が一斉に此方に向かい駆け出した。やたらにその指が気に掛かる。最善の手段を考える。如何にすれば美しく、最も無駄なく斬る事が出来るのだろう。
そうこう考える内に前後から指弾の軌道を感じた。

思考を振り払い身体は無意識に動いた。幾度と無く経験してきた戦いに磨き上げられたこの肉体は、好き勝手に動き出した。
 薄紅の長刃は、前方の人形の仮面ごとその頭部を貫いた。雌雄は自分の全体重を掛け前のめると其のまま倒れ込み、空を切った後方のもう一体の腹部を蹴り入れた。そのまま人形は糸を切ったように崩れる。
 土を削って下がり行く様を確認すると、雌雄は立ち上がり深く刺さった刃を抜いた。刃に付いた機巧の油はさながら血の如く、独特のグロスを魅せた。
(我流ってのは厄介だな。癖が抜けない。明烈には、程遠いか)
荒くなった息を気にしながら、動かなくなった二体の人形を見る。
動かない。動かない。動かない。少し前に確かに其処にあった陽気な酒の臭いが戻る。ヒューヒューと妙な音を立て、息が漏れる。
(何故立ち上がらない?)
蹴りを入れただけだ、雌雄は思い返す。悶絶するなら未だしも、その機能を停止させるには及ばない。刀を確りと握りなおす。
(クソッ!早くしやがれ!)
次第に自分が取るべき行動を見失いそうになる。このまま止めを刺すか、何とか道行く者に声を掛けるか。如何するべきか。少し、眠くなってきた。
 
一瞬気を緩めたその時だった。自分の胸の辺りに数多の赤い光の点が動いているのに気付く。ゆらゆらと其れはうごめき、漂う。妙な違和感、不安。危険を感じ咄嗟に跳ねる。
(・・・!?)
遅かった。胸に一気に穴が空く。音も無くまるで虫食いのように、穴が。赤い血が口を胸を伝い流れ出した。息が益々困難になる。
 やばい、死ぬ。
(指じゃ、指じゃねえのか!?銃でもねえなら何なんだ一体!?)
同時に右腿の裏にも激痛、此方にも又、穴。音は無い。雌雄は膝を折った。そんな自分を、ゆっくりと身を起こしながら機巧人形が見ていた。後ろに居る顔に大傷を飾ったもう一体も、立ち上がる仕草を見せる。
血の流れる胴体をまじまじと見る。綺麗に空いた穴穴。先に喉や背に感じたのとはまた別の、少し大きな穴。ここ数日に見た死体に刻んであった穴、正しく其の物。鎧越しに空いた、美しい傷。
(・・・そうか、そういう事、か)
 原理は良くは解らないが、『理快』できた。凶器は銃だ、それも極めて近距離からの発砲。雌雄の鎧それ自体が銃弾と変容しそのまま肉を貫いたのだ。
雌雄は顔を殊更苦くした。
 長くない、持たないと雌雄はそう認識している。之ほど身体を傷付け自分は何故立っているのだろう。この血に虫の息、それでも誰も気に留めない。
――昔の様に、自分は独りで死んで行ってしまうのだろうか。
(・・・一瞬で、決める)
 両肩に付いた肩鎧が蒸気を吹き稼動する。紅化粧の切っ先を前にし、所謂突きの姿勢に構えすぐさま横に場所を移した。二体の人形が良く見える。
肩に腕にまた穴が空く。気にしない、今はそうしてはいけない。ただ一心に集中すればいい、眼の前の敵を斬る事にだけ神経を、この肉体を使え。
 頭に赤い光が照った時、雌雄は地を蹴った。
 同時に左右の肩鎧が火を噴き、一気に雌雄を加速させる。
誰も止められまい。
誰も感知できまい。
(終わりだ)
刹那の間に幾度も剣が舞う。
次の瞬間、雌雄は既に人形達の後ろに、そして長刀を鞘に収めた。
 首、肩、腕、腿の付け根。心臓、手首。ありとあらゆる人体の急所からどこか紅めいた油を吹き上げる。
 さながら紅葉の如く、飛び散る紅。
――奥義・『紅葉』
 二体の機巧武者は朽ちて膝を折り、地に倒れこんだ。

 動かなくなった二人を見、雌雄もまた地に腰を降ろした。限界が近い。目が霞んできた。
(少し、やばいかな之は・・・)
死ぬのだろうか、死など考えたことも無い。自分はまだ、死んではいけないのに。やり残したことが、まだ――
 急な機械の稼動音、雌雄は驚き振り返る。後ろにもう一体、先の二体と同じ風貌の影が刀を振り上げ其処にいた。
(いざって時の始末係か・・・!?)
だが、もう逃げようにも身体は上手く動かない。斬りつけた際に無茶をし過ぎた、そう思う。段々と視界が薄くなり、終いには白くなって自分は逝くのだろうか。酒など飲まねば良かった。
 雌雄は、死を覚悟した。

 視界からもう一体の人形が消える。横からやって出てきた誰かに『持っていかれた』。
(・・・・・・?)
少々拍子抜けしたが、その『誰か』を見た時にはもうそんな心の安堵は無かった。
(あいつは・・・・!!!)

           鬼だ、鬼が帰って来た。

慄いた、恐怖した、歓喜した、憤怒した。其処に立っていた機巧人形とは別の、全く異質な『鉄機武者』、それはその手にした三又の槍で人形を滅多刺しにしている。妙な破裂音と共に、人形は跡形も無く崩れていった。
――四角い箱型の頭部に、薄汚れた鉄の体躯といった奇妙な身形。
「大丈夫か?」
鉄機武者はそう告げた。自分の身を気にしている。
「・・・お・・・カハッ・・・!!!」
「喋れないのか?ああ、喉をやられているのだな」
淡々とした口調である。変わらない、この喋り方も、姿も、何も変わらない。
 向こうの方で悲鳴が聞こえた。何人かが死にかけた血まみれの自分とこの鉄機武者を見ている。ああ、ようやく事に気付いたのか。
「もうすぐ秋だ。七年、経つことになるのか」
「・・・・・!!!!」
その身で尚、雌雄は刀を取ろうとした。斬る、この男を斬らねば為らぬ。
「止めておけ。今のその状態では無理だろう。それに、まだ約束の時ではないさ」
「そん・・・なも・・の!!今此処・・で・・もかま・・わん!!」
殺意だけが、今の自分の心に渦巻いている。こんな気分は久しぶりだ。
「旅を続けて、俺は変わったのか、其れは分からない。変わらずに何人か殺めてしまった。結局、何も変わらなかったのかも知れない」
寂しそうな声だった。辺りは野次馬も集まり一層騒がしくなる。
「もうすぐ助けが来るだろう。――秋に、また会おう」
「・・・待・・て・・!!・・・待・・・て・・・!!」
人ごみ押し退け、その鉄機武者の背が次第に見えなくなっていく。雌雄は声を振り絞ろうとするも声は出ない。
――運命というものが在るのなら、この再会は一体何の意味があるのだ?
「・・・で・・な・・・・・・伝内!!!・・鬼機・・伝内!!!!」
もう既に鉄機武者の姿は無い。
「待っているぞ・・・俺は待っている!!お前を・・必ず斬る!!!」
涙混じりに雌雄は叫ぶ。よく出た、と心で思う。悔しさと寂しさと怒りと悲しみと憎しみと愛情が一気に込み上げたその時、雌雄は激しく吐血しその場に倒れ伏せこんだ。
 夜は更ける。


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