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「金は結果次第、後払いだ。先ずは一人、一人で良い。それが出来たら之だけくれてやる」
不機嫌そうな声で、これがこの男の常時なのだが、機帝は眩い小判を畳の上に投げつけた。ざっと、半月は遊んで暮らせる金額である。
「・・・ハハ、こんなに良いのか?楽な仕事だ」
「それに見合ったことはして貰う。一人殺るごとに倍、倍としよう。
・・・之が奴らの写真だ」
散らばった小判の上に六枚、紙切れが置かれる。機動烈士隊・総勢六名がそれぞれに写る写真。
「誰からでも構わん、ただ確実に、気付かれずに、消せ」
「ハイハイ分かってる。この『ひねくれ蝶々』に失敗は無いさ」
写真を手に取り立ち上がる。黙って機帝はその男を見た。へらへらとした男の表情に機帝はあまり良い印象は抱いてはいない。こういう輩は見るだけで虫酸が走る。
(どれ、一番弱そうなコイツを殺ったらおさらばしますか・・・)
楽に大金を得られるかと思うと笑わずには居られない。手にした写真を懐に仕舞い部屋を後にする。
「その『吟喃』の名、期待して良いのだろうな?」
「・・・当たり前だろう。『吟喃』、それこそ天下の『吟喃』だぜ?『捻くれ蝶々』の杜松ねずに失敗など無い」
「そうでなくては大枚叩いた意味が無い。失敗は許さん」
フンッ、と一瞥。その独特の風格を匂わせながら、男が出るより先に機帝が部屋を出た。
(・・・喰えない野郎だ)
舌打ち、男も部屋を出る。
その左右に抱えた蝶の羽のような扇振り回し杜松は街に向かった。


天宮南部外れに位置する孤島、舵火流島だかーるとうに古より続く武術がある。
その名を『蓮牙』、その長き歴史において未だ負け無し無敗の栄光。
武において蓮の如く咲き誇り、獣の如く牙を向く無手の流派。
各々が『御神龍』と呼ばれる霊気を宿らせ、全身に龍の白粉彫りを施す、それが『蓮牙』たる証。唯一無二の無敵の無手流、それが『蓮牙』。
 その看板を自分は背負っている。それは自分にとっての大きな誇りであり、気高き同志達の誇りでもあるのだ。この命に誓う、決してこの名を汚すものか、と。こんな十七足らずの小僧に全てを託してくれた仲間に、そして師に、心の底から感謝している。有難う。
 拳を前に出す、空を切る小さな拳を。何と小さい。師よ、この拳に砕けない壁は無いはずだ。例えそれが『不可能』であるとしても。
最早貴方に拳で語ってもらうことは出来ない、それは分かっている。この目の前の壁は一人で砕かなきゃいけない。
例えこの拳砕けようとやらねばならぬのだ。俺の内に潜む龍よ、力をくれ。乗り越えられぬ困難など俺には何一つ無いことを、証明させてくれ!
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
男、いや少年だろうか、の雄叫びに周囲の通行人が一斉に眼を向ける。少年はありったけの声を出し切ると、一息吐いてまた何事も無かったかのように歩き出した。火が灯っているのではなかろうかといわんばかりのその屈強な眼差し。使い込まれた練習着、手には買い物袋。
少年の名は火蓮、夕飯の買出しに向かう最中であった。
「人参!は買った。芋か!・・・あるな。玉葱、肉も買った。米は屯所に在るよな?・・・香辛料?!そいつは盲点だ、ってそれも屯所だ。何だ?!一体何なんだこの言い様の無い不安は!確か百式に何か足りないから買って来いって、言われた筈なんだ!!クッ!!負けてたまるかあああああ!!!」
 本日は百式が所用で出ている為、夕飯の支度を火蓮がする事となっていた。通常ならば烈士隊の炊事洗濯他は一切を百式に任してあるのだが、生憎不在のためこうして夕飯の支度を頼まれたわけである。郷土料理『香辛料入り汁ぶっかけ飯(カレー)舵火流島風』でも振舞おうかと思い材料を買いに街に出た次第であったが、先ほどから何かが足りないと、そんな不安が頭を過ぎるのである。
頭を抱えてしゃがみ込む。
「思い出せねえ・・うう・・・」
確かに百式から支度を頼まれた時、何か頼まれたのは確かなのである。それも飛び切り重要な品。醤油、味噌、塩、胡椒、思いつく限りの調味料が火蓮の頭に浮かんでは消えた。だがどれも不安を解消するには至らない。
「・・・まあ、無くても大丈夫か。大抵は揃ってるんだし」
 切り替えの早さは天下一品、と言うよりかは深く物事を考えられないのであるが。今度は気を取り直し鼻歌混じりに歩き出す。悩んでいても仕方あるまい、そのうち思い出すさと気楽な心持。その名の火の字は決して伊達ではなくまさしく火蓮という人間そのもの、であろう。それは本人も自覚していた。
と、その時大事をすっかり忘却していた事に気付いた。
「此処、何処だ・・・?」
極度の方向音痴は帰り道を知らない。

 毎度街に来るたび道に迷い、新たな景色と出会う。それは火蓮にとって楽しみの一つであった。繰り返される単調な日々から脱却できるとそう信じて人々の波の中に入って行く。「世間を見て来い」と師に言われて早幾年、大将軍にこの腕を見込まれ今こうして烈士隊で過ごしている。初めの頃こそ周囲の見たこともない様な強豪の存在に心躍らせていたが、彼らが『仲間』になるに連れその気持ちは衰えていった。
――闘いたい。この拳を振るいたい。
何度か仕事や喧嘩でたち振るった事もあったが、どれも取るに足らない相手であった。時折この身を流れる龍はもう既に闘い方を忘れてしまったのではないかと思うと、物寂しくなる。『蓮華』の看板を背負い遥々やって来たこの土地が、予想以上につまらない。それが哀しい。
だから街に出る。強敵の出現を求めて、この拳を振るう機会を求めて。
「あっれ・・・おかしいな」
また袋小路に出た。これで五度目、そろそろ嫌になってきた。
 キャッキャと騒ぐ子供らの声がした。鬼ごっこをして遊んでいる様であった。思わず微笑む。
「楽しそうに遊んでら。そういや鬼ごっこなんてしたっけな」
島での生活が懐かしい。皆、元気であろうか。妙なノスタルジイが走った。火蓮の足は自然に子供らの方へ向かった。
 子供は小さい、それでも溢れんばかりの元気で大人顔負けに遊びまわる。楽しんでいる。彼らは今この瞬間を精一杯生きている。飛び切りの笑顔がその証拠だ。火蓮は息を漏らした。

「機動烈士隊だな」

 見上げれば、明らかに子供達が居るその場に似合ぬ大人めいた人影が在った。両腕に備えた妙な蝶の羽のような其れ。それを眼で確認したときには動作は完了していたようだ。
――けしゃっ、けしゃっと妙な音。
 激しく後方に火蓮は吹き飛ばされた。袋小路の行き止り、その壁に身を叩きつける。腹部が苦しい。まるで何かに『捻られ』た様な痛み。
霞む眼で相手の姿を捉える。男だ。どうやらこういった事に慣れているように思われる。一歩一歩警戒しつつ近づいてくる。
「フフ、読み通り甘ちゃんだな、小僧。これで金が貰えるとは楽で良いね」
ニヤつく男。更にその両腕の『扇』を此方に向かいひるがえすと、火蓮の肩が悲鳴を上げた。けしゃっ、とまた音を立てる。
 横を見ると壁にくっきり蝶の形にえぐられた痕がある。なるほど種は分かった、この『捻れ』正体は真空波や衝撃波の類だ。ふと空牙の顔が浮かぶ。
躊躇わず男は攻撃を続けた。振る手を休めず次々に捻くれた蝶々が火蓮を襲った。
「死ぬ前に教えてやろう。俺は『吟喃』、『捻くれ蝶々』の杜松。手前の墓石にでも刻んでおくんだな」
 体中が『捻れ』、血が滲み出す。それと当たり損なった蝶々による擦り傷、次第に身体が限界を迎え始めた。
 向こう側で子供達が震えていた。何がそんなに怖いのだ?血か?それともこの状況か?自分の身の安否か?いっそう火蓮の眼は細まった。
気付けば杜松という男はもう眼前まで来ていた。
「悲鳴一つ上げねえのは流石だな、いや上げられないのか?フフ、まあどっちにせよそろそろ楽にしてやる」
全く、気に入らない笑い顔だ。杜松は片一方の蝶の羽を振りかざす。日の光が当たり白く反射するその身。切れ味も良さそうだ。
「言い残したことはあるか、小僧。フフ・・・」
蔑んだ眼。ああ、だからこの男が気に入らなかったのか。火蓮は口を開いた。

「あんたさ、その程度で烈士隊に喧嘩売るなよ」

 風が起こった。杜松のものではない。いや寧ろ風ではないのかもしれない。
気迫。そう言った方が適当であろう。杜松は思わず後ろに一歩下がった。
 火蓮は身を起こした。ただならぬプレッシャアをその身から放ち、火蓮の体中から緋色・火色の『龍』の彫り物が浮かび上がる。眼に、火が灯る。
「久しぶりに暴れさせてやる・・・来い、『華龍』!!」
「ヒッ・・・」
 見間違いでなければ、一瞬杜松の眼に炎彩色に色取られた龍が火蓮の背後に浮かんで見えた。まるで華のようなその身。見れば火蓮の捻れた傷が徐々に塞がっていく。

――『華龍』

 それは蓮牙において道を修めた者に与えられる力、御神龍。駆け巡る霊気を術者の体内に宿す、否、憑かせる蓮牙の秘儀。『龍』は術者に寄生する代わりに飛躍的な身体能力の向上を可能とする。
 瞬きする間に一撃、杜松の腹部に拳が刺さる。激しい痛みと共に後方に仰け反った。嘔吐感は否めない。
「ガッ・・・・ハウアッ・・・」
それでも、先に杜松がそうした様に火蓮は攻撃を止めない。倒れたその身を掴み無理くり立ち上げると、後ろ回し蹴りで更に一撃。またもや杜松の身は大きく跳ねた。先ほどまで震えていた子供らは口と目を開いて眺めていた。
「お前ら、そろそろ帰りな。そろそろ晩飯だろ?」
互いに顔を見合わせる。事態を理解しているのだろうか。そのうちの一人、
「でも・・・」
「兄ちゃん、あのおっちゃんとお話しなきゃなんないから」
きまり悪そうに取り繕って笑う。再度顔を見合わせると子供らは向こう側へ走って姿を消した。
「さて、」
以前の自信は何処へ行ったのか、生まれたての子羊の様に怯えて立っている杜松。
「まだやるの?」
「あ・・・畜生!!」
扇を振る。またあの蝶が繰り出された。だが、固めた拳を火蓮が突き出すと、蝶は逆に『捻れ』その羽を失い消えた。
何度繰り返そうと同じように、時には脚を使い、衝撃波は威力をかき消された。杜松は更に慄いた。
「俺っちが言えたモンじゃないが、もう少し世界を見たほうが良いぜ。自分が如何にちっぽけか知らなきゃ、強くなるモンも強くなれねえ。まあ、之は師匠の言葉だけどね」
ゆったりと構えなおす。龍の彫り物は益々赤を増す。
「畜生、何で、何で!!俺は『吟喃』天下の『吟喃』だぜ!?」
蝶の羽を刃に見立て杜松は斬りかかった。
「さっきから銀杏銀杏って、五月蝿いよ。良く分かんないけど、さ」
脚で一蹴、扇が粉々に砕け散る。続けてもう片方、杜松の顔が青ざめた。思わず、恐れながら合わせた火蓮の眼に龍の姿を重ねる。
「そんな、馬鹿な・・・!!何かの・・・!」
龍の拳は杜松の身を包む鎧を打ち砕いた。俊脚はその兜ごと打ち抜き、身は音を立て風を切る。
「・・・確かにこっちはさ、たいして強い奴もいないしゴチャゴチャしてんし、正直つまんねえよ。でもな、」
 熱く燃える身の内で龍が更に加速し走り回る。
 それは血の如くに流動し、鍛え抜かれた肉体の隅々まで行き渡る。
 咲き誇る華の如く火蓮の身が輝きだす。
「でもな、俺は皆が好きなんだよ、大将軍様も烈士隊も街の皆もさ。こっちには俺が生きる理由がたまんねえ程あるんだよ!!」
       一息、
「うおおおおおおおおりゃああああああ!!!!」
見るも艶やかに、無駄の無い連撃が杜松の身を次々に砕く。
牙が襲う。華の龍の牙。
 艶やかな体術・その型は名の如き蓮の牙。
 春日に華が咲く。殺し屋が鳴き、華が咲く。



やっとの思いで家路に着いた頃にはすかっり日は暮れ、機動烈士隊は少し遅めの夕食となった。茶の間に会する皆の下に火蓮によって調理された料理が運び込まれた。他の料理はからっきし駄目なのだが、作り慣れている所為かこの『香辛料入り汁ぶっかけ飯』(カレー)は評判が良い。人数分出し終えると火蓮も席に着いた。そういえば磁武の姿が見えない。
「お待たせ〜。あれ?磁武は今日いないの?」
「残念で御座るが、磁武は大将軍様の所用で外しておる」
「はン、いねえ方が快適でいいやね」
空牙が大声で告げる。しかし何時見ても派手な服装だ。
「・・・あ。そういえばさ、百式、俺になんか買って来いっていってなかったっけ?まあ無くても出来たけどさ、料理」
ふと百式が気付く。そういえばそんな事も言った。
「ああ、言いましたね・・・忘れてきちゃったんですか?」
「うん、ごめん・・・でも、味に問題は無いからさ。今度でも買ってくる」
しかし其れが無いとこの料理は完成しない。それは不可欠な物だ。美味いだとか不味いだとかそういった事ではなく、重要な部品だ。
「結局何だったの?あ、分かった、福神付けでしょ」
「火蓮、」
百式だけで無く皆、一斉に火蓮を見た。皆不足している物に気付いたのだ。
「これ・・・箸で食べるんですか?」
買い忘れたのは、『さじ』であった。
烈士隊の夜は更けていく。


体中が痛む、軋む。骨が折れているに違いない。息を荒げてふら付きながら杜松は夜の街を彷徨った。全く、酷い目に会った。
「畜生、何だってんだあの小僧!」
こんな仕事引き受けねば良かったと後悔。顔は苦々しく変形している。
人通りのほとんど無いこの路地で、杜松はやり切れぬ思いで一杯であった。さてこれから如何するか。と、
ドンッと通行人と肩がぶつかる。それが先から過剰になった神経に障り杜松は怒鳴り声を上げた。
「・・・っオイ!!何処見てんだ馬鹿野郎!!」
「はあ、すいまセン」
舌打ちまた歩き出す。何もかもが腹立たしい。

何か聞こえる。
まさかとは思う。在ってはならない。
其れは死、其のものだと知っている。
――小唄が一つ。

さあさ皆様お立会い さあさ皆様殺し合い
殺しは身震い 常に気狂い
そこに『殺し』があるのなら
殺しを糧に生きる日々 血で身を洗う粋な日々
一目合えれば二度目は無しに 見るは地獄か君の首
未来刈り取り  過去を貪れ
そこに『殺し』がある限り
五体満足    笑死千万   有言実行    殺戮集団
叫べこの唄 声高らかに 今宵も血煙の祝宴を
殺しを吟じて殺しを喃ず
我ら吟喃 轟くその名

鋭い痛み。
 小刀か、何か。
杜松の背に何か刺さった。思わず身体を崩し倒れる。
「なっ・・・?!」
何事かと背後を見る。そこに居たのは先ほどの通行人。いや、この男見るに通行人ではない、直感が告げる。深く被った西洋の騎士の兜、漆黒の闇を映す銀の『羽』が無数についたマント。身形からして只の町民ではない。
「困るんですよねェ、そうそう名前を勝手に使ってもらっちゃ」
 くすくすと闇を纏い男が笑う。いや、表情は分からないがその声色から窺える。杜松は次第に理解し始めた。
「偽者がいるって聞いたんでね、用事があった序に来てみたんですよォ。今度から名前を使うときは許可を取ってくださいね」
 くすくす。くすくす。闇は笑う。
「貴方、大きな間違いしましたねェ。あのね、『吟喃』は国の事にちょっかい出したりしないんですヨ。大将軍と『吟喃』の暗黙の了解って奴でス、知ってます?況して機動烈士隊に喧嘩売るだなんて、『吟喃』はそんな事絶対しません。命が惜しいですから。フフ・・・」
 くすくす。くすくす。闇が笑う。
「なによりね、『吟喃』はお金を取らないんですよ。ボランテア?それは違います。私らにとっちゃあ『殺し』が御代ですから」
 果たして今の自分に逃げるという選択はあるのだろうか?身を震わせ、杜松は思う。もしかしたら自分は既に死んでいるのかもしれない。
「ああ、そういえばこの人知ってますか?ちょっと探してるんですヨ。『歪矢礼手』の鳶飛、って言うんですが」
目つきの悪い男がその写真に写っている。知らない、と杜松は首を横に振った。
「そうですか・・・残念です、分かりました。・・・ああ、そういえば自己紹介が未だでしたね」
男のマントに施された細工をよく目を凝らして見るとそれは羽、鱗とも取れたが、では無く、無数に取り付けられた『刃』であった。月の光を反射する銀。
「『吟喃』に出会えるなんてラッキイですよ?もっと喜んでください」
くすくす。くすくす。銀は闇を吸い、鈍く光る。


初めまして然様なら。
私『吟喃』処刑専門・『生終罪しょうしゅうざい』の猟雅と申しまス
此処で在ったが最初で最期。
又の出会いを期待して
行ってらっしゃい
地獄の底に


男がマントを広げると、其れに付いた銀色に光る刃が一斉に杜松に向かって飛び、突き刺さった。声を上げる間も無く杜松は息絶えざるを得なかった。男はそれでもくすくす。くすくす。愉快に笑う。
「しかし・・・国に喧嘩売るなんて穏やかじゃ無いですね。住み難い世の中ですよ、全く」
紅を含んだ刃が皆、猟雅の元に集い再び形を成す。そのまま鼻歌交じりで闇に消えると、いつしか杜松の亡骸も消えうせていた。


もうすぐ、満月。


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