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「見ろ見ろ亜茶あーてぃの町の新茶だとよ!買って後で皆で飲もうや!!
うお!何だあれ、舞鳥峠の七色鳥!?すげえ色してンなぁ。うン?影舞乱夢の饅頭か。すげえ旨そうだな、なあ買おうぜ、な?な?」
「…少し黙れ阿呆」
「阿呆だあ?阿呆っていう奴が阿呆だ馬鹿!」
「…二三度死ね、この能無し!」
 天下の烈帝城城下町、ここ破亜民我夢は春を盛りに賑わいを益していた。この時期、天宮各所からやって来た商人達が出店を開くなどして一寸した祭りのようなものが開かれる。祭り、と言うよりかは市と呼ぶに近いかもしれない。人々は『春市』だとか『櫻明市』だとか各々が好きな様に呼んでいた。
 その最中を二人、男が罵り合い歩く。
やや大柄な仮面の男と、色眼鏡ゴーグルを着けた少し細身の男。
色彩艶やか歌舞伎役者のように派手な服。黒を基調とした忍び装束のように地味な服。
 人の身体程はあろう刃をつけた青き大斧。手に備えた使い勝手の良さそうな漆黒の小砲。
 何もかもが対照的な二人であった。
機動烈士隊の『風雷暴』、最悪の二人組。
『風神』空牙と『雷神』磁武。
「こんなお日さンも照って気持ちが良い春日の下、辛気臭せえ面して歩いてる手前はとっくに死ンでるンだろうな」
ムッとした顔で黒ずくめの男の方が立ち止まった。仮面の男の方を向いて一言告げる。
「…品のねえ声張り上げて馬鹿丸出しで『ハイハイ私は頭の痛い田舎者ですよ』なんて胸張って歩いてる貴様よりはマシだ」
「田舎?俺の何処が田舎臭いって?」
「…余程の馬鹿か田舎者で無ければそんな服は着ない」
「ハン、磁武、お前洒落ってモンを分かってねえな。さては女にもてた事とかねえだろ?ま、ンな仏頂面じゃあ誰も寄りつかねえか」
「…貴様に寄ってくる女の顔、さぞ間抜け面なのだろうな」
「あ〜もぉ〜五月蝿えよ!お前さっきからよお!」
「…良くそんな事言えるな!貴様こそさっきから馬鹿の一つ覚えみたいにギャーギャーギャーギャー大声出して!やれ新茶だ、やれ鳥だ、やれ饅頭だ、って本当の馬鹿か貴様は!?此処に来てもう何年経つ?んなモン珍しくも何ともねえだろ!一緒にいて恥ずかしいんだよ!大体貴様は前からこういう……」
――気が付けば、自分達の周りに人だかりが出来ていた。がやがやと音を発し、面白半分に野次馬達が此方を覗き込んでいた。
「…行くぞ!」
 顔を真っ赤にして男、磁武は早足に歩いていった。

(だからこいつと組むのは嫌なんだ!なのにいつもいつも……)
もうすっかり野次馬達からは離れたが、恥をかいた後悔と怒りは収まらない。腹が立つとはこの事であると、磁武は常々思っていた。
この男と共に時間を過ごすとき、其れこそが自分の人生の中で最も無駄な時間であり後悔すべき瞬間なのだ。
「…おい空牙、貴様」
と、振り返ると後ろを付いて来ている筈の空牙がいない。右を向いても、居ない。左を向いても、やはり居ない。何してんだ、と振り返ったところに出店に喰らい付いている空牙が見えた。過剰に派手な格好は嫌でも磁武の眼に入り、更なる怒りへと姿を変えた。
「おお、磁武!見ろよ、あの千生大将軍が愛用してたしゃちほこ枕だってよ!この金色具合がいかにも千生大将軍らしいよなあ〜。買おうぜ之、絶対皆も喜ぶって」
「…お前本気で一回死ね!」
 祭りに限らず、世の中には色々と紛い物を売る店が存在するわけであるが、空牙はそういう類に良く引っかかり易かった。毎度町に出る度に何だか分からない妙な物を購入しては屯所に持って来、その度隊員達から文句を言われた時期があった。
もはや何も言うまい、言っても時間の無駄であると、磁武は無理やり空牙の手を引き前にどしどしと進む。空牙は物惜しそうな目で金色に輝く趣味の悪い枕を見ていた。十分に重い身体を引きながら、腹立たしい、というより疲れた顔で磁武は歩いた。
「…貴様、今日の目的を忘れているのではあるまいな?」
「覚えてるぜその位。……九町内の清掃だっけ?」
「…例の連続殺人の捜査協力及び下手人の割り出しだ!」
 
 一週間程前から、烈帝城に勤務の『武者』ばかりを狙った殺人事件が多発していた。これまでに五人、どれも刀や鎧、金銭等には一切触れられておらず強盗の可能性は無い。共通点は皆身体の随所に不細工な『穴』が無数に空いており、それが直接の死因であるらしいという事。相手が容易な者では無い事は確かだ。
 どうやって殺しを働いたのであろうか。あの傷口、その『穴』からして銃である事には間違いないだろうが、(他に鎧ごと貫く様な代物を知らない)だが何処か引っかかる。
 兎も角、その捜査の中途に天銘会の仕業だという案が浮上したため、大将軍の一声のよりこの度機動烈士隊がこの事件の捜査に協力する事となったのであった。
 磁武と空牙は目的の場所に着いた。同心が何人か忙しそうにしている。その中から一人、男が此方にやって来た。
「…機動烈士隊だ」
「之は之は御苦労様です。磁武殿と空牙殿ですね?申し遅れました、私捜査の指揮を執らせて頂いております、同心の 禰絽ねろと申します。以後宜しくお願いいたします」
「…どうも」
 とりあえずではあるが、無理くり空牙の頭を下げながら自分も軽く礼をする。この禰絽という男、案外物腰が柔らかかった。格好も地味なのが多いいわゆる『璽武顔』にしては凛として好感の持てる男であった。禰絽はさっそくあちらを指して磁武たちを案内した。
「仏さんはあちらです」
 目にして流石に少しうろたえる。死後一日、と言ったところか。鎧姿の武者が刀を抜身、抵抗の末息絶えていた。だがこの死体、明らかに話に聞いていたものと異なる。何処にも不細工な穴、という物が見当たらず、代わりに刺された痕や斬られた痕が目立った。そして最期の足掻きだったのか、指でなぞらえた、既に真っ黒に乾いた『鬼』の血文字が眼に入った。
「…話に聞いていたものと違うな。之ではまるで」
 ただの死体である。傷の様子から恐らく下手人は槍、もしくは薙刀を使用したのであろうが、死に何の疑問も無い。襲われ、向かい合い勝負し、そして敗れた。つまりはそういう事である。ただ、
「ひでェなこりゃ……何も此処までやる必要はねえだろうに」
後ろから空牙が覗き込む。そう、死体は必要以上に痛めつけられている。鎧を突き抜け、腹部に突きの痕が数十箇所、腕と背に切り傷幾十。そして破裂した様な箇所が二三ある。
磁武は改めてまじまじと仏を見た。
――酷い。自分でさえこんな殺し方は出来まい。強いだとか手際が良いとかでなく、只憎悪、いやそれでも当てはまらない様な黒い物、そんな物がこう人をさせてしまうのだろうか。
思わず眼を細めた。
「…妙といえば妙。しかしあの事件とは関連は薄そうだな」
「ええ、恐らく別の下手人の仕業でしょう。天銘会がやったかどうかは不明ですが。ただ……」
少し苦い顔を禰絽が見せる。
「この仏さん、頑駄無軍団の方なんですよ」
「…何?」
磁武は驚きを隠せなかった。
 頑駄無軍団は、つまり、間違いなく天宮最強の精鋭達である。ついこの間できた様な機動烈士隊とは異なり、それこそ歴史は古く、各所名門の人物も多い。その時代考えられるであろう『最高』は大抵ここに集う。武威凰大将軍の世から四十年、今までに無い程の平和な今日の世。光と闇の争いも無く、確かに以前と比べその力は衰えた。それでも腐っても『頑駄無』、そこらの通り魔や暴漢などには間違ってもこんな目には会うまい。
(だとしたら、この下手人、一体?)
不穏な風を吹かせ、日は次第に落ちていく。


 街はすっかり闇に覆われた。磁武と空牙は二人、夜の街を徘徊していた。河沿いのこの道には店も何も無い。ただ柳が垂れ水が時折呟くだけだ。
「…珍しいな、貴様が之だけ静かにしてるとは。何時もの様に『酒飲ンでも良いか』とか言わないのか?」
「今は仕事中だぜ、磁武」
正論なのだがなかなか腹が立つ。
 捜査協力、とはつまりこういう事である。幾ら機動烈士隊といえど武者ではない、捜査の計画を変えるような権限はないし、そんな能力のある者も居ない。ならば何の協力か。
「囮、ってぇのはいい気がしねえなやっぱ」
「…文句言うな」
「真面目に殺されたりしねえよな?おお〜怖……」
おどけているのか本気なのか分からない調子で空牙が呟く。
 先日、隊長である明烈が倒れて戻ってきたのを見、磁武も空牙も自分の衰えを恐れずにはいられなかった。実戦など本当に久しぶりである。
「…貴様だけ死ぬのを期待する」
「そのまま返す」
春だというのに、寒い。身体を擦りながら溜息吐き吐き街を行く。
風が吹く、砂が舞う、身が震える。
桜の花が踊り、月影はそれに呼応する。
「……」
「オイ、もしかして」
「…空牙、構えろ」
「分かってる」
風が吹く、砂が舞う、身の震えは止まる。
桜の花は地に着いた。月影は水面を照らす。
黒の中で紅がぽつりぽつりと浮かんだ。
「!?」
赤に染まった閃光が二つ、此方に向かって飛んでくる。二人が横に大きく跳ね退くと、後方で爆音がした。
迫撃弾であると、そう考えられた。
「今日こそは城にブッ放せるかな〜って思ってたんだけどよぉ、手前らみてえのが犬っころみたいに嗅ぎ回ってっから後回しになっちまったじゃぁねえか!!」
 闇が晴れ、声の主が姿を現す。
どこかトロンとした狂気の眼。いやそれよりも、その身体が狂気。
腕は無く、代わりに備え付けられた重火器。二、四、六、合わせて十二もの砲口が此方を向く。その巨大な体躯を乗せ、幾つもの車輪が音を鳴らす。
「…鉄機武者?」
「ちぃ〜と違うなあ。『半鉄機』だ。機帝さんと同じようにして貰ったんだぜぇ。すこぶる調子が良くてさぁ〜」
ゲラゲラと音を立て笑う。月光がこの男の狂気をいっそう引き立てていた。
機帝という其の名に聞き覚えがある。それは天銘会の頭、先日明烈を打ち負かした男の名。さすればこの男、天銘会の刺客か何か、か。
「…『半鉄機』?何だそれは」
「あ〜馬鹿か手前?……例えばよ、簡単に今以上に強く速く凄くなれたら便利だよなあ?鉄の体はぁ、それができんだよ」
 ペラペラと抜けた声で語る。
半鉄機、半ば鉄機。生身の肉体に鉄を施す。
 鉄機、所謂『人造武者』や『機巧からくり武者』と異なる『改造武者』。
 今日の天宮にはその様な技術を持つ者は指折り程しか居ない。その幾つかは言わずと知れた『からくり一門』の者達、そして『機巧作業所』の研究者、一部のみである。
(…機帝という奴、なるほど、予想以上に厄介かもな)
ずい、と空牙が歩み寄ってきた。
「一つ聞くぜ。ここ数日の武者殺し、全部手前の仕業か?」
肩に掛けた大斧を持ち直し空牙が問うと、声を聞くなり男は笑いを抑えながら顔をこちらに向けた。何とも人を小馬鹿にした顔だ。
「それは俺じゃあないぜぇ〜。そいつはあいつら・・・おっと、言っちゃいけねえんだっけなぁ〜」
 磁武も磁武でその手に備えた小砲に手を掛ける。証拠十分、こいつらが殺ったの事は間違いない。下手人がこいつでないにしろ十分な収穫。
「…なら、あの頑駄無軍団を殺ったのも貴様らか?」
「はあぁ?何だそれ?……ああ、でも今まで家だとか色々ぶっ壊してきたのは、俺だよ俺!それは俺!!ハッ、ハハハッァ!!」
 こういう男は虫酸が走る。楽しいのだろう、自らの破壊を誇ることが。目の前に立つあらゆるを破壊し、己の無敵を自負する。それが例え弱者相手だったとしても変わらずに。でも磁武も空牙も知っている。この男の破壊してきた物がこの町に住む民にとってどれ程重く、どれ程必死に積み上げてきたかを。
少し、冷めていた心が本気になる。
「手前が一体何したのか、分かっててンな事言ってんのか?」
仮面の下で空牙がどんな表情をこしらえているかは、磁武には手に取るように分かった。恐らくは自分と同じ、このゴーグルの奥に潜んだ目と同じ表情を。
「決まりだ、手前は許さねえ。本気で微塵も残さねえ」
「なら、ならならなら何だってんだよぉ!!このボケがぁ!消えて消えて消えて吹っ飛んじまえぇえ!!!!」
顔を真っ赤にさせた男の、口全てが火を吹いた。
「ありゃ、これって」
「…クッ!」
 間髪入れずに幾多の閃光が二人を襲い爆発する。強大な破裂音の後、豪炎がゆらゆらと留まっていた。そして何発か軌道を反らした爆裂が地を大きくえぐり、土を天まで跳ね上げた。二人の姿は見えない。
何もそこには、塵屑一つ残ってはいない。何も、誰も、いない。
「ギャハハハハ!!粉々になりやがったぁ!!!」
静とした空気は長くは続かない。姿無くとも音がする。男が気配を感じた先、つまりは空に月に照らされた影は見えた。
流石は元隠密、と言った所か。
「…未だだ、阿呆」
 宙に舞った磁武が男に向けて小砲を撃つ。
 ポンポンポンポンポン……黄金に輝く球体が顔を見せる。
磁武の小砲、即ちその名を『雷鼓』。黒き身に金字で『雷』の文様。
大気中の雷電を取り込み激圧縮、球にして放つ。その際、あたかも能や歌舞伎の小鼓を打ったような音がする事からその名が付いた。致命傷こそ負わす事はできないが連続高速射出が可能、また長時間帯電後に一気に放つこともできる。
 鼓の音に気付き、男は脚の車輪を走らせた。思った以上に男の身のこなしが軽く、たった一発しか当たらず、之では痺れか痙攣が起こるだけである。その一発もうまく当たったとは言い難い。
「ケハッ、何だぁ?痛えどころか気持ちがいいぜぇ!」
「…」
 雷鼓は小型で使い勝手は良いものの、発射時の音や威力の無さから忍びの行動には向いておらず特に隠密から敬遠されていた。長く帯電すれば一撃で命を絶つこともできるが、時間が掛かる上煩さが半端でない。
 身をひるがえし、地に脚を着け続けざまに連射。更に鼓は鳴る。
 その重厚な体躯をものともしない機動で男は避ける、避ける。確かに二三発は身に当たったが、何のことは無くそのままである。
逸れた弾は未だ燃え盛る先ほどの場所めがけて飛んでいった。
「ギャハッ!効かねえ効かねえよ!!ギャハハハハ……ハ?」
 刹那身を冷やす『風』。明らかに不自然な強風が背後に吹いた。
男が後ろを見た頃にはもう遅く、撃ち損ねたはずの電球が風に乗り、此方に舞い戻ってきた。ギャッ、男は思わず呟いた。
――見れば、すっかり紅蓮が吹き消されている。そこには空牙が斧を前方に構え立っている。先とは違い一枚だった刃が左右に開き、両刃の斧となっている。飾り付けられた龍の紅い眼が光る。
「だぁ〜っ!!お前絶対ワザと狙っただろ今の!」
「…休んでんじゃねえぞ!何死んだフリしてんだこの馬鹿!」
 薄黒く汚れた面をポリポリと掻き、気だるそうに空牙は立っていた。ゆっくりと両刃となった斧も元の一刃へと戻る。
 その名を『龍神鉞りゅうじんえつ』と称すこの大斧、龍の造形が施された深き青の身に操るは風。軽く人の体長を越える刃は圧巻の一言。
 ただ、異常に重い。天宮広しと雖もこの斧を持てる者は何人居ろうか。城内では三人、持つことのできた大男がいたが、それでも「使う」段階までは至らなかった。正に国士無双、空牙だからこそ扱える武具なのである。
「んじゃあ鬼太鼓、いっくゼぇ……」
 薪を割るかの様に振りかぶり、そしてそのまま刃を大地に叩きつけ食い込ませる。地鳴りと共に地面が隆起し走り出した。
一撃のみならず二発、三発、軽快に音頭を取り幾度も幾度も繰り返す。――巨大な撥、太鼓は大きく鳴る。
 鬼太鼓。波のように大地は起伏を行い、唖然として見ている男めがけて喰い付かんばかりに進む。徐々に巨大さを増しながら、進む。
「しゃっ、しゃっしゃらくせえ!!!」
 再びの集中砲火、繰り出す閃光が大きく音を立て、荒れ行く波を鎮める。競り上がった土壌は粉々に打ち砕かれ飛沫と成って又、地に帰る。煙をたなびかせ男の銃口は静まっていた。
そんな中、狙っていたかのように道を反れた波が磁武に襲い掛かる。面食らいながらも大きく跳躍、男の頭で更に人踏みすると、磁武は元居た場所に戻った。振り返り様に空牙を睨みつける。視線にはありったけの憎悪が込められていた。
「…オイ!貴様ワザとだろ今のは!!」
「わーりぃわーりぃ、手ぇ滑ったわ」
 機動烈士隊最悪の二人、風神・雷神。空牙と磁武。
中の悪さは折り紙付であった。
 之だけ音が鳴り、地面が荒れ豪爆を見舞っても傷一つ無いこの状況に男は疑問を持ち始めた。自分もこの二人も無傷のまま派手な芝居が繰り広げられる。まるで遊戯の如く。男は弄ばれている気分に陥った。
「いったい……いったい何なんだよぉ手前らはぁ!!!」
車輪の脚で器用にも地団駄を踏む。もう決めた、殺す、それも早急にだ。これ以上こいつらの遊びには付き合ってられない。
「殺す殺す殺す殺す!!炭に成れ灰に成れ塵屑になれえぇ!!!」
もはや誰も止められぬ、そんな面持ち。薄らと哂いながら、磁武と空牙二人は男を見つめていた。
「やっぱり久々だと疲れンな。勘も力も皆落ちてら」
「…全く同感だ。俺も以前の切れが無くなったらしい」
「磁武よお、そろそろ良いンでないかい?まだ不十分か?」
「…いや、もう解析し終えた。そろそろ行くぜ」
 ゴーグル、つまりは磁武に取り付けられた緑硝子に、前々から様々な映像が映し出されている。周囲の地形や男の体構造、迫撃弾の速度、火力等事細かく記されていた。
「…こんなまどろっこしい事したくはないが、俺達には慣れ必要だろ?中々このくらいの雑魚で無ければおちおち出来ないしな」
「誰が……誰が雑魚だこのボケカスどもおおおぉぉ!!!!」
 大きく男は咆哮する。そのかいなもまた激しく咆哮する。合わせて三度、間髪入れず轟音を響かせその銃口が火を吹いた。
一斉砲火は二人目掛けて走り出した。
 見れば磁武はもう其処には居ない、空牙だけが其処に立っている。彼にはこの砲撃は避けられない。況してその大斧。
迫り来る火を前に憮然として斧を前に掲げる。再び竜神鉞は両刃になる。辺りの砂が舞い上がり始めた。
「いくぜ?『芭蕉扇』!!!!」
 最早眼前、その距離で空牙は両刃の斧を扇の様に振り下ろした。
風が、吹く。
 その暴風は向かい来るあらゆる爆撃を滞らせた。爆は爆を巻き込み互いに連鎖していくのであった。立ちこめる煙を吹き払われると消滅しているはずの空牙の姿が男の目に映った。
「っな、ななん……」
「…よそ見厳禁」
声に慌てて上方を見やる。又もや磁武と雷電の姿が其処にあった。
(さっきの真似事か!!?なめやがって!!!)
飛び寄る雷撃は交わさない。威力は高が知れている、体験済みだ。
――このまま打ち抜く、破壊する、近距離で交わす間も無く!
男は車輪を走らせた。
「えあ……?!」
 磁武が地に足着いた頃、球は男に全て命中していた。知れた威力の筈であった。だから敢て当たった。
身体が、全く稼動しない。車輪の回転数を次第にと落とし男は停止した。
「…避けない、と思ったぜ。だから前もって弱いのを撃った」
ゆっくりと磁武が近づいてくる。男の顔に焦燥の色が見える。
「…そして雷球の中に苦無くないを忍ばせておいた。とびっきり、この雷電を伝導する特別な奴を、な」
「あっ…あっ……!!!」
「…貴様の左背部に配電器があるだろ、それを狙った。さっきから阿呆みたいに騒いでたのは其れを調べるためだ」
 磁武の緑硝子に映る自分の解析像、事細く何処までも記される。
首が回らぬため眼で背を見やる。其処には確かに苦無が突き刺さっていた。痛みは無い、鉄の肉体は其れをとうに忘れていた。
「ひっ…!」
 その背に、雷鼓の銃口がぴったりと当てられていた。焦りは既に恐怖に変化していた。
「…この距離で之を全力で撃ったら如何なるか、分かるか?」
眼を横にやる。既に空牙が待ち構えていた。斧を構え、狙う。
「もう疲れた。そろそろ終いにしようや」
「…そうだな、もう終わりだ」
「最期に感じてみな、俺達の鼓動」
「…この零距離からの鼓動を」
「手前が微塵になってみな。今までやって来たみてぇに」
「…黒炭になってみな。散々とほざいてたみたいに」
男は叫んだ。力の限り、叫んだ。
 雷鼓が雷電を溜め、竜神鉞が振り上げられる。
 響け振動、奏でろ韻律。雷が轟き風が吹き荒れる。
 二者各々が鼓を鳴らす。
 
――零・鼓動ゼロス・ビート

夜の破亜民我夢は、大きく鳴った。


「…まあ今回はこんな所だ。兎に角奴らの天銘会やつらの仕業だということは確かなようだ」
 屯所に戻り、事のあらましを告げる。既に夜も深まり眠気を催す。帰るなり空牙は「疲れた」と一言だけ残し床に就いた。
「ご苦労様です。お二人の鼓、此処まで聞こえましたよ」
百式は愛想良く笑うと、皆の湯飲みに茶を注いだ。
「うん、やはり亜茶の新茶は良い香りですね。皆さん、どうぞ」
育ちの良さが窺えるような品の良い素振りで隊員達の手元に茶碗を置く。そして又フフっと笑い後ろに下がった。
今この場にいる隊員は三名。残りの空牙は寝、雌雄は呑みに出かけ火蓮は未だに庭で修練を積んでいた。
「流石『風雷暴』、何だかんだ言ってもやはり息はピッタリですね」
「…誰があの阿呆と!冗談は止してくれ、百式」
きまり悪そうに顔を反らす磁武を、百式は変わらず楽しそうに見ていた。薄ら灯りを燈した闇の中、不思議と気持ちが落ち着く。
「兎に角早急な解決が必要でござる。相手が天銘会だと分かった以上、我々ももう少しは動ける。明日、大将軍様に報告する際に頼んでみよう。きっと悪い様にはならないさ」
明烈も茶をすする。傷はすっかり癒えた。
「帰ったぜ〜ぃ。おお何だ帰ってたのか磁武。如何だった?何か分かったか〜?」
 雌雄が帰って来た。この男は酒が好きでよく夜の街に向かう。そこに空牙が大抵付いて行き、二人楽しそうに帰ってくるのが常だった。
ほろ酔いの声色だ。機嫌良さそうに鼻歌混じりで台所へ向かう。
「磁武殿と空牙殿、お手柄ですよ。例の穴空き、やはり天銘会の仕業だった様です。ただ、変わった死体があったそうで」
「ふ〜ん」
どうやら聞く気はあまり無いらしい。所詮は酔っ払いの戯言。
「何でも頑駄無軍団の方が必要以上に、槍みたいので斬り付けられていたらしいですよ。それと『鬼』の血文字。これは天銘会の仕業じゃ無いらしいですが、之は之で問題ですね。相手が何であれ並の方ではないでしょう、厄介な事にならねば良いのですが……」
「………今、何て言った?」
酔った声を一変、醒めきった声で雌雄は尋ねる。
「?何がです?…ああはい、頑駄無軍団の方がですね、必要以上に斬り付けられて、手元に『鬼』と書いた……」
 音を立て茶碗が割れた。
 皆が台所の方を見る。床に破片を散らばらせ雌雄が立っていた。それは割れたのではない、割ったのだ。
 雌雄はガタガタと震えていた。ぼそりぼそりと何か呟いていたが上手くは聞き取れない。こんな雌雄を、誰も見たことはなかった。
「あいつ…そうか、もう……」
「一体如何したんです、雌雄殿?」
奥から雌雄が出てきた。酔いはもう無い。いつも以上の剣幕で明烈の方へ向かい歩く。
「明烈。例の殺しの件、今度から俺が全部引き受ける。いいな?」
今まで明烈は雌雄に此処まで切迫され何かを要求されたことは無かった。並々ならぬ様子、鬼気迫るとはこの事。
「雌雄、どうした?お前らしくも無い、少し落ち着け!」
「俺は落ち着いている!!」
声を張り上げると雌雄は明烈の胸倉を掴んで掛かった。
其のまま彼の眼を明烈がぢっと見つめていると、やがてハッとした様にその手を離した。
「すまん…どうやら少し酔った様だ。悪かった、もう、寝る」
ただただ黙って床に付く雌雄を見送る。あまりにもその背中は寂しそうであった。
「明烈、頼む。後生だ」
そう残して雌雄は奥へと姿を消した。
 
 皆、何も言わなかった。言えなかった。ただ沈黙を続かせ茶をすすった。茶はとうに冷めた味がした。


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