白珠の巫女------STAGE3 露見

 長い道を経、度々腕の痛みに声を上げながらも、振りまわされつつ未だ夜は明けぬ。天宮最大の都市・破亜民我夢、その奥方に構える巨大な建造物。それはこの国の最高中枢であり、大将軍の御所である、『烈帝城』。其の前に三人が夜霧に濡れ、立っていた。
 城は昨夜より続く宴に疲れ、すっかり寝静まっている。隣国・影舞乱夢の新大帝就任歓迎の祝はつい先刻まで続いていた。
「旦那様、着きました」
 どれ位走ったろうか、激しく揺さぶられていた為、変に体が痛い。腕の違和感もあり、顔をしかめて月流は再び地に足着いた。
「入るぞ」
「入るって、この中にか!?」
慌てふためく、普通の思考であれば当然だが、龍ヶ斎。声を荒立て彼独特の訛りが滲み出た。それに何も答えないまま月流は門の方に向かい進む。二人は何処か釈然としないまま後を追った。
 通常の城の何倍もある壮大な門が、圧倒的に鎮座している。其の前に四人、城の門兵が立っていた。
「待て、何奴!」
「こういう者だ」
徐に懐から取り出した『家紋』を見せるなり、城の門兵は恐縮し、
「暫しお待ちを・・・!」
「い〜や、待てねえ」
止めるべきか如何するべきか、狼狽して寸劇。気にも留めずに城の中に入っていく月流の姿を、二人は呆然と見つめた。

 城の中は、静かであった。よほど騒いだのか、「今攻め入られたら撃沈」状態である。節操も無く場内の廊下に寝そべる酔い潰れた武者の姿が幾度と無く見える。中には見慣れぬ鎧や装飾品を着けた者もいたが、恐らくは影舞乱夢の者であろう。二国合同の宴である事を如実に漂わせている。
――時間がないんだ
何度もそう月流が呟く。この、広く、果ての無い烈帝城の中で、侵入者が三人、天守閣を目指す。
「・・・龍ちゃん?」
一人、歩が遅い。何時もなら誰よりも前に出て進む龍ヶ斎が、虚勢された様に俯いていた。如何にも此処は天下の烈帝城、張り詰める胸のうちも分からぬ訳ではないが、顔がいつもより青白い。暗闇の城内に溶け込んでしまいそうな虚ろな顔である。
「流石の龍ちゃんも、緊張するんだね。まあ無理も無い、今から大国二人の君主に出会うんだものね」
「・・・・・・」
何度も何度も階段を上り廊下を進み、何度も折れ曲がった先に見えた一際豪華な其の襖。気が付けば、天守閣。
「邪魔するぜ、凰ちゃん」
中には――
中には、時の大将軍・大凰帝と影舞乱夢が新大帝・光龍が酒を交わす姿。
二者共に驚いたように一斉に此方を見やる。既に鎧は脱ぎ飾り立て、当たり前であるが、過ごしやすい格好で、敷いた布団の上に座っていた。
「何やら先から五月蝿いと思っていたが、何だ、月ちゃんだったか」
「久しぶりだな凰ちゃん」
「相変わらずガラクタ造りか?稀代の『天才』」
「未だ阿呆面晒して星でも眺めてんのか?稀代の『変人』」
二人罵り合い、フフッと笑う。互いに眼だけで御互いの空白を感じ、そして埋める。数少ない親友として、互いが互いを確認し合った。
「御知り合い、だったんですか・・・」
 余り、といっても殆ど、月流が『友人』なるものを持っていないことを知っていただけに、其の光景は鉄機丸にとって新鮮なものであった。表情こそ無粋なものだが、眼があんなにも楽しそうな主人の姿は中々見られるものでない。他人に理解されないが故に他人を理解しようとはしない月流が、真剣に心を通じて会話するのは、自分と月流を除いては滅多に無い事だった。
 ただ黙って、見る。
「こんな夜更けに、何用か。大凰帝殿の御旧知の仲の様だが、幾等なんでも失礼ではありませんか?」
「良いのだ、光龍殿。彼も『変人』なのだ、許してやってくれ」
 聞くなり、光龍は笑みを溢した。一言で言えば流麗、影舞乱夢の大帝は、そんな気品が漂う美しい青年であった。綺麗な笑みを晒し、流石変人、と手を二三度打った。
 それを眺めつつ、眼で挨拶を交わし、月流は其の腕をまじまじと見せた。
 祓ってくれ。
 一言月流が告げれば、皆の表情が一変する。
「何だ?化け物か、物の怪か、果てまた妖怪」
「さあな。兎に角、早くしてくれ。こいつ、俺を喰ってるんだ」
「・・・・・・分かった。外に出よう、此処では五月蝿くなる。汚れても適わぬしな。――着いて来い、こっちの方が近い。ああ、光龍殿は其のままで、そう、其処にいてくだされ」
「私もご一緒します、何か悪鬼の様です、二人の方が良いでしょう」
「いいや、客人に粗相が合っては私の面目が無い。貴方は一国の大帝であるが此処では私が大将軍だ、聞いて貰いましょう。そこでお休みになられて」
「ハハッ、面目などと、心にも無い事を。・・・いいでしょう、此処に居ます。少し、大凰帝殿の星だの『宇宙』だとかの話で疲れていたところです」
そういって復た、笑む。少し未だ幼さの残る、笑顔であった。無理も無い、事実未だ青年と呼べる齢でもないのだ。
 眉を上げて、此方も笑いながら大凰帝が光龍の言葉を呑む。――中々、洒落っ気のある男だと、思った。そして気を取り直し、足を動かし始める。

「行きましょう、龍ヶ斎さん」
 鉄機丸が手を引いた其の男は、心此処にあらず、浮ついた心地のまま先からこの大将軍の御前に立っていた。緊張、と言うよりかは何か深い罪悪を抱いた、後悔の念のような、そんな面持ち。
(何か悪い事でもしたのだろうか?)
 ふと、初めてこの男と出会った事を思い出した。乞食ゴロツキ同然の汚らしい格好であった事を覚えている。其の野暮ったさは今も変わらないが、兎も角、何か昔の惨めさが思い起こされたのだろうか。引いても思うように快活に進まぬ龍ヶ斎の手を握り数秒、そっと離すと、鉄機丸はゆっくり名残惜しそうにその場を後にした。「先、行ってますよ?」とだけ言い残し。
 心の内で返事をし、今の自分の状態に気付き、龍ヶ斎は今皆について行く決心をした。そう、悩んでいても仕方が無いのだ――
 ふと、異国の大帝の顔を見る。想像以上に、美しい顔だった。
龍ヶ斎は畳を一歩一歩踏みしめた。
「其の方、名は何と申す?」
大凰帝の御室から出かけたその時に、光龍が龍ヶ斎に向かい問うた。しばし間を置き、口篭りつつも、
「龍ヶ斎と、申します」
自分で舌が震えているのが分かった。大帝は其の澄んだ目を顰め、此方をじっと見、何かを思い返すように素振りを見せた。
「・・・何か?」
「いや、御主の顔立ちが兄上に似ていたものでな」
何処かに寂しげな音を乗せ、続けて、
「兄は私などよりずっと、優れたお人だった。武術も学問も私などより秀いて、弱い者を思い遣り助けてくれる人間だった。
私は兄に憧れた、遥か遠い其の背を追いかけていた。」
「・・・・・・」
「本来は、兄がこの大帝の座を継ぐ筈だったのだ。だが兄は、十五の年を迎えた其の時に急に姿を眩ました。今まで兄は誰かの言葉に背いたり、受け入れぬ事は無かった。――思えばそんな兄が唯一誰かに背中を向けた日だったのかも知れない。
皆慌てた、皆騒いだ。父は今まで見せた事の無い顔で怒り嘆き悲しんだ」
「そう、ですか・・・」
少し顔を、上に向ける。
「御主の顔でふと、思い出してな。済まなかった。・・・・もし、旅の最中にでも兄と出会う事があれば、こう伝えて欲しい。何時でも、私達は待っております、と」
「・・・分かりました、伝えましょう。きっと兄上様も、お喜びに」
光龍は笑って、だとよいが、と呟いた。
 この季節だと言うのに、妙に寒い。肌の毛穴が全て逆立ち何かが走り抜けていく。その反面胸が熱い。気付けば、涙が出ている。さり気なく龍ヶ斎は顔を背けた。
「如何なされた、龍ヶ斎殿」
「向ける顔が、無いので御座います」
沈黙。
「そんなもの必要無い。誰も、そんなものは咎めぬ」
「私の心が痛いので御座います。死ぬよりも、尚辛く・・・」
「貴殿は、帰る所は御在りか」
「当の昔に、大きな後悔と共に捨てました」
「そんな事仰いますな、龍ヶ斎殿。後悔だなどと、そんな。笑って生きていて下され。帰る所は、在るのですから」
「・・・・・・そろそろ失敬します」
 喉の奥から湧き上がり吐き出してしまいそうな声を抑え、必死に告げた其の言葉。震えも混じりキチンと聞こえたかは分からない。
済まぬ――
 顔を伏せつつ、龍ヶ斎は早足に部屋を出た。其の間際に、光龍が「兄上」と言ったのは、忘れない。


「此処らなら良いんじゃないか、凰ちゃん。・・・其の格好でするのか?何時もの悪趣味なヒゲ鎧は如何した?」
「流石に目立つ。今日は歴代もいらっしゃるから色々面倒でな、騒ぎが過ぎると何を言われるか分からん。何大丈夫、鎧など、結晶など無くともやって見せるさ」
 鉄機丸に大凰帝、月流の三人は、色の裏手から出て少し経った、何も無い平地に出た。この近くに天宮最大の城と街とが在るとは思えぬほどの素っ気無さに我が目を疑うほどの、本当に何も無い平野が続く。寝巻きのまま此処まで歩いてきた大将軍の前で、月流は蠢く腕を差し出した。未だ黒い邪悪がへばり付いている。度々不規則に多少の痛みがあったが、今のところは大事無い。
「旦那様、大丈夫ですよね?おかしくなったりしないです、よね?」
 不意に鉄機丸がぼやく。少し前に『取り憑かれた』僧を見ただけに、心の置くには得も知れぬ恐怖が疼く。もし、万が一、主人が異形と化したのなら、自分は先刻の様にせねば為らないのだろうか。
――つまりは、殺さねば
殺すのは余り、好きではない。
「鉄機丸、だったか。確か昔月ちゃんがそう呼んでいたのを覚えている」
「・・・僕のことを、知っていらっしゃるんですか?」
自分は初対面のつもりであった。天守閣の部屋で見えた時も軽い会釈のみで、キチンと名乗った覚えは無い。それでも相手は、自分の事を知っている。
「いや、初めまして、だ。月ちゃんが良く自慢気に御主の事を話していたからな。姿こそ初めてだが、私に会うたび御主の話が出ていた。そうか、その様子からして成功した訳だ。嗚呼、成る程、だからこっちに向かっていたわけか」
「その話はいいから、後でするから、早いとこ頼むぜ凰ちゃん」
不機嫌そうな顔で月流が咎める。一事が万事、確かに余裕がある訳ではない。自分の知らない、自分を良く知るその人は、御免と呟いた。
 さて、と声を吐き、大凰帝は月流の病んだ腕をむんずと掴み、何やら経の様なものを唱えだした。
マキアスマアビイジュマキアスマアビイジュ・・・・・・
 声と共に次第に其の手は光り輝き、ゆっくりとだが確実に、その黒き腫瘍を浄化していく。『光の者』その上頂点に位置する大将軍の光は、何よりも尊く何よりも清く輝いていた。術法でも呪術でもない、唯一握りの天に選ばれし者のみが持つ、聖なる力。其の光に焼かれる様に徐々に黒は縮こまり、消えそうになる。もう少し、あと少し。心で念じた其の時であった。
 るううううおおおおぅぅぅぅ・・・・・・
黒が、月流の腕から跳び上がった。
「・・・・・・・」
思わず鉄機丸は眼を細める。
腐っている、そう、腐っている。
 匂わぬ死臭を紫煙と共に漂わせ低く暗く啼く。化け物は、溶けかかった砂糖細工のように黒い液を地に染みさせながら此方ににじり寄る。
「月ちゃん、何だこの化け物は!悪鬼妖怪呪術云々、俺はこんな奴は見たことが無い!・・・こいつ光を、『喰っている』ぞ!!」
柄にも無く慄く大凰帝。月流も思わず舌を鳴らす。決して大将軍の至高の光が効いていたわけではない。植物が陽の光を感ずるように、こやつもまた、光浴を満喫し、余りにも活発化したその身の疼きに耐えられなくなっていたのであった。
 鉄機丸は睨むように、深く暗黒の敵を見、その胸奥に鈍く輝く結晶が存在するのを確認した。結晶はじっくりとその内に光を蓄えていた――
「クッ、鎧も無し、とんだ誤算だな・・・」
「『変人』!締めるとこぐらい締めやがれ!鉄機丸、代わりに行け!!」
 ハイと返事をするなり槍を手に取り前に構える。先刻見知らぬ寺で取った、見知らぬ三又の槍。気が付けば、槍に導かれる様に、鉄機丸は怪異に向かい走っていた。
「であああああああ!!!」
大きく斬りつけ袈裟の型、人で言えば鎖骨辺りから斜め下に向けて思い切り槍を振り下ろす。化け物は叫び、破裂し、裂け、すると今度はその傷からもう一体の化け物が生まれ出でた。
一体が二体。
「・・・・?!!!!」
声にならない声と、言い知れぬ憤りを覚える。左右に位置する二体、仕掛けてくる前に此方から再び傷を付ける。亦同じように、化け物は叫ぶ。
二体が四体。
「クソッ!駄目か・・・!?」
少しだけ折れかけた心を無理に奮い立たせる。思わず眼が自分の主人の方を向いた。月流、大凰帝、加えて何時の間にやら龍ヶ斎までもが合流していて、皆苦しげな眼で此方を見ていた。
 唯槍を振り、突き、気を緩めればやってくる化け物の鋭い触手の突きを交わし、気が付けば化け物は十数体。何とか、何とかせねば。
「このっ・・・!」
斬るも、増える。傷は新たな脅威を生む。そろそろ洒落にならぬ数になってきた。皆、鈍く光って――
(結晶が、無い?)
今しがた斬った化け物の胸にあの暗黒結晶が見えない。そうする間にも飛んでくる突きと触手を交わし、観察すれば、皆あの禍々しい色を帯びた結晶が無いではないか。
――ただ一体を除いて
「お前だあああぁぁぁぁ!!!!」
見て、理解するなり足は一挙にその一体に向かう。狙うは胸中心、突けば恐らく他の奴らも消える。風を切り、随所を攻撃で傷付けつつも、鉄機丸は走った。之で、終わりを・・・!

槍の先が刺さったか刺さらぬか。刹那に化け物は激しく炎上し灰となった。

「・・・・・・?」
突いた格好をとったまま、鉄機丸は、いや他の者も唖然とした。狙っていた一体の消失と共に案の定、他の化け物は消えた。だが、何が起きた?
明らかに鉄機丸の槍それではない要因によって、化け物が一瞬で消え失せたのだった。理解できず、理解する間も無く、声が聞こえる。

「御疲れ様」

 皆が皆、一斉にそれを見た。何処からとも無く、それを全く感じさせずに姿を現した其れ、その男。法衣の様な着物を身に付け、いや、そんな事よりも大きく目を引く鳥の面・手足。男は楽しそうに、「御疲れ様」とそう告げた。
「誰、です?」
声に反応し男は鉄機丸の方に身を向けた。何がそんなに楽しい、眼を緩ませ、
「いやあ、良く出来てるね、完璧な御人形さん」
鉄機丸の鼻先三寸まで男は顔を近づけ、軽く頭を撫でる。たったそれだけの事だが、鉄機丸は今までに無い恐怖を覚えた。
「止めろ!!!」
前方で月流が怒鳴る。ガタガタと、節操もなく身体を震わせ不安な眼でこちらを見る。決して弱音を吐いた事の無かった人間だけに、鉄機丸はこんな主人の姿は、見た事が無い。
「・・・誰だ、手前は!!!」
「僕かい?ああ、未だだったね、紹介。

僕は駕屡羅。『幻路五上廠』の芸術家アーティスト、突き詰めたるは『思想美』。

今回は僕の友人の造った廃物の所為で、色々と御迷惑かけたみたいだね。御免御免本当に御免。でも彼に悪気は無かったんだ、許してやってくれ」
何の悪びれた様子も無く、男が告げる。
「何か、別の物造ろうとしてたんだけどね、失敗してアンなのが出来ちゃってね。そのまま持ってるのもあれだしね、いっそ捨てちゃったら面白くなるんじゃないかと思って、捨てたのさ。そした予想外につまらなくて。流石の大将軍様も一寸ばかし手を焼いたろ?あんなの、要らないよなあ。それで、まあ、終いには上の方から怒られちゃうし、仕方ないから僕が後始末に来たのさ」
「・・・何言ってるんだ?」
祖父の言っていた、無知の恐怖という言葉。
 知らない事は恐怖である。
 理解できない事は恐怖である。
この男は、その限界を超えている、故に恐怖。
「そしたらそしたら、運命って在るのかね?可笑しい位に面白いことになっててね、早めに帰る予定がついつい長居・・・・おもしろいねえ、本当に」

 ふと、鉄機丸が異変に気付く。薄らと、自分とこの男を中心に、周囲が何やら結界の様なものに包まれている。驚き、この場から逃げねばと走り出すも、見えない壁が阻む。
「鉄機丸!!」
月流達も異変に気付いた。鳥面の男は其れを確認するなり、嘲る様に笑った。障壁に向かい走り、薄くも厚い壁に届かない声を上げる三人を背に、男は楽しそうに背を向けた。
「凰ちゃん!何とかならないのかよ!!」
「馬鹿みたいに強固な術式だ・・・!鎧も無い今じゃ、時間が掛かる!」
大凰帝は之ほど自分が無力だと思った事は無い。何度も噛んだ唇から血が流れた。
「鉄機丸!鉄機丸!」
得体の知れぬ男に感じた恐怖が、自分の大切な、何よりも大切なものに覆いかぶさる事に、死にそうな不安を感じる。何度も叫び、何度も月流は壁を叩いた。

「どんな気分だい、『鉄機丸』君。怖いかい?悲しいかい?それとも、僕と同じでさぞ愉快かい?」
黙って、鉄機丸は睨んだ。
「そんな怖い顔するなよ。『鉄機丸』、君。僕はね、人の人生に興味があるんだ、自分の事は如何でも良いくせにね。・・・・君は、実に興味深いんだよ。『完璧な鉄人形』の君がね」
「・・・・僕は、完璧なんかじゃない!」
「いいや完璧なんだよ!それも、君を造った『旦那様』よりもね!君は『人間』すら持っていない、闇に埋もれたまま欠けた『真実』を持っているのさ!其れは『旦那様』も知らない、僕も知らない、知っているのは神と君の知らない君・・・・・・・だけだ。

――君は、禁忌を犯した存在なのだよ!!」
男は発狂したように、夢心地のまま叫んだ。禁忌、その言葉に男は酔う。
「君は存在しちゃいけない存在なんだよ!何で此処に居るかは知らないが、如何あれ君は知りすぎたんだ、その内『神』が直々に君に裁きを下す。その前に君と出会った、こんな絶好の機会逃す手は無い。
――見せてくれよ『鉄機丸』!真実が一体全体どんな物なのかをさァ!」
見開いた眼で押し迫る鳥面に、不意に手が動き槍を向かわす。咄嗟に男は避けたが、それでも脇の辺りを掠めた槍は、男の身を弾けさす。傷から、止め処なく血が流れ始めた。
「ハッ、『聖槍』!西欧の神殺しの槍と此処で見えるとは!いいぞ、僕は最高にツイてる!!」
何もしない、何もせず、男は狂気と恐怖とだけを振り撒き、鉄機丸に寄るだけで。何時しか鉄機丸は、自分の体が言う事を聞かないことに気付いた。
無意識に男に槍を振るい、傷付ける。それは最早自分の意志ではなくて、制御できない自分を抑える為に行う、本能。
 止めてくれ、来ないでくれ、貴方を殺したくは無い。
 止めてくれ、動かないでくれ、僕は誰も殺したくは無い。
 僕よ、この男を刺して刺して刺し続け、肉塊にでもすれば満足か?
 違う!そんなのものは、全く望んじゃいないんだ――
「そうだ!恐れろ、畏怖しろ!もっともっと僕に『真実』を見せてくれ!こんな体、如何でも構わないさ!!」
頭が眼が熱い。意識が朦朧とする。鳥面の男から出る血が、自分の身体に吹きかかる。肩越しに、泣きそうな月流の顔を見た。
 そんな顔、しないでください。
 最早身体は止まらない。暴走しているのだ。
 ほうら、僕は完璧なんかじゃない。完璧なんかじゃ――
 こんなのは僕じゃあ、ない。
 お願いだ、お願いだ!もう止めにしよう・・・

僕は泣きたくとも、泣けないのだから――

 ああ、そうだ、それで良いんだ。
 分かってくれて有難う。
ゆっくりと、鉄機丸は槍を自身に向けた。
「止めろ!止めろ止めろ君は未だ生きるんだ!!」
 生きろだの存在しちゃいけないだの、勝手だよ。
 僕は此処に在る、間違いなく在るんだ。
槍が勢い良く鉄機丸の腹部に刺さる。内側から溢れんばかりに、自分の全てが込み上げてくるのが分かる。自分は死ぬのだと、実感した。
「鉄機丸!!!」
聞こえなかったが、確かに月流が自分を呼ぶ声が聞こえた。
 みんな、ごめんなさい。謝ってばっかだったけど、楽しかった。
 僕が消えたら僕の記憶も、消えるのだろう。
 様々な大切な情報は、塵よりも細かくなって風に吹かれ、消える。
 ああ、最後まで、何にも上手くできずでごめんなさい。

 ありがとう。
 



、其れからの事を龍ヶ斎ははっきりと覚えていた。辺り一面に弾け飛んだ鉄機丸の破片が落ちる。血まみれになった鳥面の男は、激しく憎悪を込めた表情を残し、気が付けば姿を消していた。
 自分は、込み上げる嘔吐感をおさえ、つつと涙を流した。機巧一体壊れただけよ、と言い聞かせるも、心は其れを頑なに拒む。機械と言えど、アイツは俺よりも人間らしかった――
 大凰帝大将軍は空を見上げていた。星にでも、成ったとでも思ったのだろうか。何も言わず、涙も流さず、心で泣いていた。
 月流は、むせび泣いていた。気が触れたか、と思わせるような顔のまま、散らばる鉄機丸の破片を震える手でかき集めて、泣いていた。ぶつくさと何か呟くも、其れは微かで、濁り、何とも聞き取れない。余りにも酷い有体だったので、止めようかとも思ったが、掛ける言葉は見当たらない。ふと大凰帝大将軍と眼が合ったが、相手も同じ心地のようであった。
「月流、もう・・・もう止めろ。解ってるだろ、鉄機丸は・・・!」
「・・・・がっ・・・・生き・・・・」
「月流!いい加減に・・・!」
「・・・生き返して・・・・見せる・・・・・!」
集めた鉄屑を抱えながら、月流はそう呻いた。
「何を馬鹿な・・・!仮に、仮にそんな事出来たとしても、そんなの何の意味も無い事ぐらい解ってんだろ!!」
「だけれど・・・だけれど・・・・・!」
そんな表情で、この男に見て欲しくは無かった。『天才』は子供の様に泣きじゃくる。分かっている、自分も『天才』も、言いようの無いぐら付いた心情だけは、同じであった。
「月流、アイツは死んだんだ!」
「違う、壊れただけだ!も一度直せば、またアイツは・・・・」
「月流・・・・・!」
 月流は、より一層鉄屑を大事そうに抱えた。薄汚れた『鉄機丸だった』その金属たちは、言いようも無く、冷たい。そのまま力なく、膝を着く。
しばし間を置き、沈黙は続く。
ようやっと頭が冷えたか、それでも未だ体中が発狂しそうに暑いだろうけど、月流が口を開き、
「アイツを、鉄機丸を、直そうって考えてた。之を付け直して、そうすればまた、アイツになるって、考えてた。――如何したんだろうな、先まで嫌なくらい知ってたんだけど、直し方、分かんなくなっちゃった」
そのまま再び、しくしくと泣き出した。




時を戻して、烈士隊退却後、機巧作業所前。
「よお、久しぶりだな」
 月流が声を掛けたのは、真四角の頭部を持つ、奇妙な鉄機武者。背に三又の槍を背負い、薄汚い鉄の身を晒す。
 月流はゆっくりと男に近付いた。
「調子は如何だ?」
「最悪極まりないな。・・・・何人、数えるのも億劫に為る位、人を殺めたことか」
「・・・・・そうか。ああ、名は如何している?」
「あんたに貰った名のままだよ。気に入らないが、如何様にもしようが無いからな。旅先で呼ばれた名と合わせて、『鬼機伝内』としている」
「其れは洒落ている。――結局、何も変わらぬ、か」
「ああ、何も変わらぬ。俺は生まれた時のまま、どん底だ」
何も言わず、互いに背を向け、それぞれの歩みを始めた。もう、顔を合わせたくも無いと言わんばかりに。
「そういうあんたは何処へ?」
「古い知り合いを、助けに」
「また俺の時の様に要らぬ世話か?本当に、何も変わらない」
男は、鬼機伝内は皮肉を込め笑った。月流は何も返さない。二人の距離は次第に広がっていく。
 月流は灯りのほうへ
 伝内は闇のほうへ
立ち止まって、月流、少し声を大きくし、
「ああそうだ、先お前を殺した奴と会った。何でも、秋にまた来るそうだ」
「興味ないね」
「そうか」
もはや互いに姿が見えるかどうか。声は、聞こえまい、そんな距離が二人を隔てている。
「最悪だ」
伝内は呟く。本当に最悪な、自分の主人との出会い。
――秋、か
 昔交わした約束を思い出し、伝内は足を進める。
 さて、何処に行こうか。
 夜は続く、夜は続く。
 梟が、五月蝿かった。


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