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 冬の最中の、とある溜まり場にて。簡素な造りのためか隙間風が肌寒い。
「新入りだ。宜しくしてやってくれ」
 けれど暗空はこの日、何故だか全てが気に入らなかった。寒さの為か、否か、それは本人にも分からない。浅目を覚ました其の時から腹が立つ。日ごろ見慣れている殺し屋連中の顔も打ん殴ってやりたい衝動に駆られた。だから当然、頭に紹介されたその新入りの顔も気に入らなかった。
 特に眼。その、何もない、空っぽの、死んだ眼。見れば見るほどにその中身が空っぽであることがわかった。そんな眼は、人形でもできまい。
 その眼の他には、背中の巨大な斬馬刀。それ以外に特に目立つものはなかった。いたって普通の男。だが、何かが気に入らなかった。
 その眼で、新入りは口を開く。
禍霊万カルマ
 男はそう名乗った。



 自分がここにいる理由、そんなものは、殺しがあるからに決まっている。自分だけじゃない、皆が皆そうなのだ。天宮最凶を欲しいままにする殺し屋集団『吟喃』、そこの人間がそれ以外の理由でここにいるだろうか?殺しに何かを求める、酔狂な輩しかここにはいない。
「お前もう少し離れて歩いてくんねえか?」
 雪の降る山道を歩く。その横から討々軌が声を掛けてきた。始終何かにキレている、へたれの策士(もっとも策士らしく振舞ったところを見たことはない)。
「暗空、手前なんか変だぜ?いつ俺様を殺してもおかしく無いみたいな気配出しまくり」
顔を渋くし討々軌は言う。少しだけ眼をキョトンとし、暗空は足を止めた。
「……ああ、スマン」
「何だぁ?考え事かぁ?らしくもねえ。うっかり間違って俺様を殺したとか、あの鳶飛のガキみてえな事は御免だぜ?」
 鳶飛というのは、暗空の所属する『吟喃』の『解体専門』の殺し屋の名だった。肩に備え付けられた『歪矢礼手ワイヤレス』なる触手を用い、その肩書きの如く大多数の相手を解体する事を得意とする、擦り切れた餓鬼であった。ついこの間の殺しの際、一緒にいた仲間をも解体してしまい、今は謹慎中である。尤も、反省の色など微塵にもない。
「『殺し屋が殺しを働いて何が悪い』、だと。あのガキゃ」
「あいつはプロじゃねえ。ただのチンピラだ」
 いつもの冷たい調子で暗空は言う。脇に挿した愛用の小太刀ダガーを軽く触り、また足を進める。
「……それにしても、寒いな」
「東北の冬、ってやつだろ。……ああもうムカつくんだよ!!この雪め!この!!」
コートの襟を立てながら、下駄の足で討々軌はわめいた。
何故この二人が東北の地にいるのか、というと、それは『仕事』だからである。基本的に誰であろうと何処であろうと殺しさえできれば仕事を引き受ける吟喃には、こうした遠地での仕事は珍しくない。その場合、期日までに戻らねば『処刑専門』に処刑されるというリスクつきではあるが、暗空はこのように地方へ赴くのが好きだった。というより、歩くのが好きだったのかもしれない。歩いて、何かを思案するのが好きだった。だから今回のように隣に誰かがいると鬱陶しくてたまらない。特に、討々軌のように五月蝿い男は腹が立つ。
「何でお前と一緒に行かねばならないんだ?」
「知るか!俺が聞きてえわ!」
 組むのは頭の役である。だから文句を言うものはいないが、疑問に思うものは多々いる。知に長けた頭のやることだから、何か根拠はあるのだろうとは思うものの、暗空の心内は嘆息が吹き乱れていた。討々軌も同じことだろう。
――今回の仕事、というやつは良くある内容のモノで、東北の片田舎での土地争いの助っ人のようなものであった。楽な仕事である。決まってそういうものは素人が相手だからだ。
 ただ、一つだけ疑問がある。その楽な筈の仕事に、謹慎中の鳶飛を除いた吟喃の殺し屋連中全員が出向くのである。下手すれば天下の頑駄無軍団を相手に潰しかねない連中を総動員しなければならないとは、いったいどれだけの人数が相手なのか。暗空はそのことが気がかりで仕方なかった。
「なあ、暗空よぉ」
また不意に討々軌が語りだす。本当は黙っていてもらいたかったが、暗空は適当に返事をした。
「今日来た新入り、どう思う?」
「俺は気に入らない。全てが、だ」
ダルそうな面持ちで、討々軌は頷いた。
「だよなあ。俺たちが言うのもなんだけどよぉ、不気味ッつーか、何つーか」
 暗空は黙って、あの新入りの顔を思い出そうとした。その男も新任早々仕事に参加している。見て慣れろ、という頭の指示だった。
「名前、何と言った?」
「あ?……ああ思い出した。たしか禍霊万だ、禍霊万」
「……カルマ?」
嫌な名だと思った。


「お頭、やっぱり俺は行っちゃ駄目ですか?」
「駄目だ」
 鳶飛は大きく息を吐いた。気に入らない。前回の仕事でやらかした失態が今もまだ尾を引いていることが納得できない。自分のこの両肩に備えられた触手は、勝手に人影を捕らえ自立的に対象を『解体』する。よって、仲間を殺してしまったのは誤ってでもなんでもなく、唯の事故だ。第一、
(殺し屋が他人殺して何が悪いってんだ)
『吟喃』衆の『乞われ者』、怨燕なぞは自分と同じように仲間を殺してしまったことがあったが、何も咎められなかった。この差は何か。結局は実力なのだと、鳶飛は考える。
(つまり、俺はなめられてんだよ)
 実力の無い奴は何処の世界でも馬鹿にされるのだと思った。
「……ところでお頭、それ、一体何なんです?」
 鳶飛は頭が持ってきた『それ』を指差した。奇妙な物体である。一見してみれば唯の置物だが、よく見れば鎧のような気がしないでも無くない。複雑な曲線が入り混じった造形で、何となく天宮の聖獣『鳳凰』を象っているように見えた。
 頭は数日前に、この『鎧』を持ってきた。頭には骨董を集める癖があったので、何か値打ちのある物だと鳶飛は思っていた。
「……これは禁忌の三鎧の一つ、『輪廻の鎧』」
「まあ、これを聞くのも三度目なんでそれは知ってますけど……やっぱマズイ物なんですか?」
「ああ、非常にマズイ。非常に、な。今から捨ててくるつもりでいる。……今日皆に出払ってもらったのは、この鎧の所為でもある。本当なら暗空一人でも十分こなせる仕事なのだよ、今回の依頼は。少し、人が多いと厄介なことになりかねないからな」
「はぁ……?」
 頭が何にそんなに怯えているのかは、鳶飛には理解しかねた。しかしそんな事よりは、今回の仕事はやる価値の無いものだということが分かった事の方が重要だった。少しだけ心内がスッキリした気がする。
「暇なら少し出払っていても良いぞ、鳶飛。出来るだけ人はいない方がいい」
「じゃあ、散歩にでも出てきます」
 外は少し肌寒かった。暦の上では冬だが、この地はまだ雪の降る気配は無い。北側に位置しているというのに暢気なものである。
皆が向かった先は東北の何処だったか。まあ、あの連中なら歩いて半日も経たずに着くだろう。もしかしたらゆっくり歩いて、もっとかかるかもしれない。
「ま、俺には関係ないがね」
不貞腐れながら鳶飛は深呼吸した。



 何となく、やはりこの日も討々軌はキレていた。長旅の疲れの所為か深爪の所為かはわからない。ただ何となく腹が立つ。
「俺は向うが持ち場なのでな。上手くやれよ」
そう言い別れた暗空に適当な手を振り、首元のマフラーを正した。
(何が上手くやれ、だ。いつも失敗してるみてえじゃねえか!!)
 カッコカッコと雪道の上で下駄を鳴らし、討々軌は自分の指定された場所へと向かう。次第に人の気配がしてくる。遠巻きに家々が見える、山に近いこの道で、残りの吟喃の連中は集まっていた。
「お、いるいる」
数えてみれば壱、弐、参……少なくとも十余名はいる。意外といるものだなあと、少しだけ感心した。例の新入りもいた。
「おい、何ボケッと突っ立ってやがんだ?揃ったんならさっさと終わらして帰るぞ!!」
大して偉くはなかったが、一括するのは討々軌の仕事であった。頭を掻きながら、不機嫌さを目一杯さらけ出している。東北の寒さは、討々軌には不服だった。
「おい、何処だよ相手は?!つーか依頼人は?!」
「討々軌」
声を出したのは、猟雅であった。銀の羽を全身に纏い、不釣合いなサイズの西洋兜を揺らしながら被っている。
「討々軌、おかしいんデすよ。依頼人の指定した場所がない」
「ないって、どういうこったぁ?!」 
「こんな場所最初から存在しなかった、という事です」
連中の中で、ざわめきが強まる。なんだそりゃ、と討々軌は呆れてみた。新入りは、気に入らない目で遠くを見ていた。
「……帰るか?」
「……しかし、御頭がそんなヘマするでしょうか?」
それもそうだ、と思うが、ないものは仕方ない。
「ヘマ、しちまったんじゃねえの?お頭だって人間だ、たまには間違うさ。……んじゃなにか?俺様が寒い思いしてここまで遥々来たのも、骨折り損ってわけか?んじゃそりゃぁ?腹立つぜクソ!!おい、皆帰るぞ!!」
 溜めていた怒りを吐き出して、討々軌は背を向け歩き出した。猟雅は軽く嘆息して、皆の顔を眺め、離れて存在している家々を眺めると、仕方ないとばかりに後を追った。ほかの連中も同じように歩く。
「あ〜、うぜえうぜえ!そばでも食って帰るか。…おい、そこの新入り、行くぞ!?」
集団から一人取り残されたように、あの新入りだけはまだそこに突っ立っていた。討々軌は眉をしかめる。
「おい!何やってんだよ!!」
 禍霊万という名のその男は、少しだけ名残惜しそうに向こうを眺めると、討々軌の言葉を理解したように見えた。一歩、踏み出す。

そして禍霊万の腹部から、刀が飛び出す。

 鮮血と共に禍霊万は倒れた。皆が皆、声を失い、そして咄嗟に構えた。彼方の方から、男が一人、やってくる。
「不意打ち卑怯と言われようが、知ったこっちゃないね。手前らみたいなクズどもに死に方なんざ選ばせねえぜ」
 薄紅薄刃の長刀と、紅色の鎧。男の姿は際立っていた。不適な笑みと共に、男は歩み寄る。
「あんまし殺しは好きじゃねえが、手前らは別だ。容赦なく斬る!」
わけがわからなかった。見たところ、男は武士のようである。何故武士がここにいるのか?もしかしたら例の土地争いの相手方の用心棒かもしれない。しかし、様子がおかしい。
 そして男の奥から、さらに人影。
「雌雄、あまり吼えるな」
こちらの男も、武士のようである。清楚な印象の、白と青の鎧。紅の男の前まで歩み出て、懐から何かを取り出した。一枚の紙。
「時は先月、破亜民我夢某所。貴様らが平内長屋に押し入り、金品その他を強奪、そして女子供を容赦なく虐殺したことは調べがついている。後を追って遥々北の地に赴き、近村の者たちに聞いたところ、どうやらここらに隠れ棲んでいると聞いたものでな。
――外道め、覚悟しろ。命は無いものと思え」
殺し屋たちの間で、ざわめきは広がる一方だ。見当違いも良い所だ、と討々軌は思った。どこか暴漢、強盗の類と間違われているらしい。いい迷惑だ。こういう事はしばしばあるので慣れてはいる。大抵こう吹っ掛けてくるのは、腕に自身のある正義かぶれの二流武士。大抵は吟喃の名を聞きビビッて怯み逃げ(それでも逃がさず殺すが)、仮に勇敢に立ち向かってきたとしても返り討ちにあって死ぬのだ。
(つーか新入りよぉ、弱すぎじゃなねえのか?)
血を流しながら一突きで逝った禍霊万を見ながら、討々軌は前に出た。
「お前らさ、誰に口聞いてんだぁ?俺らは一度あったら二度目は無しのぎん……」

――討々軌の血は、凍りついた。

 男の持っている紙に記された『大凰帝』の朱印。そして、小さな装飾として鎧に刻まれた、
「き、『機動烈士隊』?」
その名が何を意味するのか、討々軌は良く知っていた。男は、刀の柄に手をかける。
「大将軍様の正義の御名の元、貴様らを斬る!」
半端なく自分が震えているのが討々軌には分かった。すばやく振り返る。皆も気づいたようだ。

「逃げろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 今出せる最高の俊敏さで討々軌は、吟喃は逃げ出した。男が放った居合いが討々軌のジャケットを掠める。兎に角逃げる、逃げる、逃げる、逃げるしかない!!!!
(ありえねえありえねえありえねえありえねえありえねえ!!!!!!!!!!!)
下駄は走りにくい、討々軌は激しい後悔を覚えた。しかし逃げねば。逃げねば死ぬのだ。
「ななななななな何で機動烈士隊が?!!!!」
 吟喃の決まりの一つに、『幕府の連中には手を出さない』、というものがある。それは、その事に吟喃の連中が命を落とす唯一の可能性を残しているからだ。
――つまりは時の大将軍・大凰帝の私設浪人集団・『機動烈士隊』の事である。
その力は天宮最強の頑駄無軍団を遥かに凌駕すると言われる、無敵の精鋭。
(んじゃあ、んじゃ今のは『紅化粧』と『月影』か!?最悪じゃねえか!!!)
そのうちとりわけ無敵と称されるのが、隊長である『月影』と副隊長である『紅化粧』。
 討々軌は背後から迫りくる死をひしひしと感じていた。泣きそうだ、泣いてしまいたい。せめて東北の地でそばを喰ってから死にたかった。
(死にたくねえぇぇぇええええ!!!!!!)
日ごろ殺している相手も、こんな風に思いながら死ぬのだろうか?気がつけば猟雅たちの姿はもはや遠くだ。やはり下駄はまずかった。
 ちらりと見る背後、追ってくるは『月影』一人。『紅化粧』は、周って残りの連中を追うのだろうか。
「ひっ!」
 自分は『月影』の間合いに入っているのだという事を理解した。死ぬ。このままでは、本当に死ぬ。
「何なんだよ今日はぁあぁあああああ!!!」




「何なんだよ今日は……」
 無性に腹が立つ。皆に置いて行かれた所為だろうかと鳶飛は考える。しかしそれは違う。自分はそれほど餓鬼ではないつもりだった。
(あの新入りの所為か?)
今日付けで入ってきた、あの新入りの顔が気に入らなかったのかもしれない。いや、新入りという存在自体が気に入らないのか。徐々に自分の居場所を失っていっている様に鳶飛は感じた。
 冬である。だが雪はいまだ降らない。冷たい空気だけが空から降り、吐く息が白まるだけ。
――それでも冬なのだ。周囲は自分の意思とは関係無しに、勝手に進み行く。
(帰るか)
 踵を返し、帰るべきところへ向かう。お頭は戻っているだろうか。あの鎧はどうなったのだろう。自分には、関係の無い話だが。踏んだ枯葉が小気味よく鳴った。
 少し歩いた先で、
「あ?」
今朝方見た、あの新入りと出遭った。相変わらずの無いもない顔で、そこに立っている。
「あれ、アンタ、皆と一緒に行かなかったのか?」
「忘れた用事があった。それで戻っていた」
「おいおい、しっかり頼むぜ?最初の仕事じゃねえか」
鳶飛のしかめ面を一瞥することも無く、新入りは足早に去っていった。遠巻きに見えるその背。巨大な斬馬刀。
「何だアイツ?」
顰めた眉のまま、鳶飛はまた足を進めた。






 暗空は崖に出た。指定された場所、というのは嘘だ。本当は唯、仕事をしない為の口実だった。
(何かある。この仕事、なにか裏がある)
いつもの頭らしくない、というのが暗空の感想であった。そう、らしくない。無駄を嫌う頭が、こんな大人数でちゃちな仕事を任せるだろうか。しばらく間を置いて討々軌たちをつけるつもりである。もしかしたら、嵌められているのかもしれない――。
 崖の下には川が流れている。意外と大きい。もし落ちたら、この冬の時期、死は免れまい。暗空は目を細めた。
(……!)
背後に殺気。振り返れば飛んでくる苦無。
素早く抜いた小太刀で叩き落した。
「誰だ?」
静かに、全身の気配を研ぎ澄ませながら尋ねる。もう殺しの覚悟はできている。『紅き竣功』と呼ばれた男は、目を見開いた。
「な……?」
「な……?」
 くさむらの影から出てきた男と暗空は、同時に声を漏らした。どちらも驚いたに違いない。暗空は、自分の唇の震えが分かった。
「お前は」
「お前は」
 暗空はこの男の事を知っていた。男も、暗空の事を知っていた。互いに知りすぎた関係、嘗ての友人、嘗ての仲間。
「何故…」
「何故…」
言うべき言葉が見つからない。何をすべきなのだ?壊れた筈の運命が、今修復されたとでも言うのか?
「紅き、竣功……」
男は暗空に向かってそう言った。
数年前に吟喃を裏切り、当時の処刑専門を殺して脱走を試みた、吟喃二枚看板の一枚。何度も総力を上げて追跡するもまったく掴めず、その一方で『殺し屋殺し』として裏社会での名を築き上げていった、狂った運命の男。
 そして、自分の嘗ての相棒。
「蒼き、栄光……?!」
この日は何かがおかしかった。何かが、狂いだしていた。


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