白珠の巫女------STAGE3 露見

「世界の秩序や均衡だとか、光が勝とうが闇が勝とうが、そんな事、どうでも良いのよ」
 暴終空城の天守閣。薄桃色の鎧を纏ったその女は呟いた。爪の手入れに勤め、傍らで奏でられる演奏に耳を傾けながら、煬爛帝は続ける。
「私達は芸術家、そこに政治的思惑も何も在ってはいけないわ。……何の邪魔も無しに、あの忌まわしい天界の介入も無しに、好き勝手やれるだなんて、いい機会だとは思わない?芸術とは、そうではなくてはねぇ。そうでしょう、猛将?」
傍らで鍵盤を弾く山羊面の男に聞く。部屋の中に流れるは夜想曲ノクターン。猛将は黙って頷いた。
 立ち上がり、煬爛帝は窓格子のほうへ歩み寄った。眼下には破亜民我夢の街。
「明日には、如何なるかしらね」
微かに笑みを浮かべた。鍵盤の音は鳴り続く。
「あのおヒゲの大将軍サマが大人しく負けを認める筈は、ないわよねぇ」
「……既に、『闇』の方の当主とは話をつけてあるようです」
「そう。なら良いのよ。そうでなくては、」
「“そうでなくては、暴れる口実ができない”、ですか?」
 煬爛帝は想像を廻らした。明日この街を舞台に、どのような茶番が繰り広げられるかを考えただけで、彼女の心には得も知れぬ恍惚が訪れるのであった。それは支配者足る者が弱者を見下ろす余裕とは、また一つ違うものではあった。
「殺微♪」
 名を呼ぶ。その声に合わせて、背後の暗闇からほんのり色違いの黒が現れる。光の者の顔立ちに闇の者特有の一つ目。奇異な形相のその男は、全身を暗黒のマントで包んでいる。
「呼んだかな(≧m≦)?何の用かな煬爛帝?」
殺微は、醜くその顔を歪ませた。
「『天使の輪エンゼル・ハイロゥ』はどんな感じ?」
「順調順調これまた快調(* ̄ー ̄*)。津具不天はもう設計済みだったりしたりしちゃったりして。私の方でも作詞済み。あとは吟じて詠うだけ」
煬爛帝の眼は、猛将の方へと移る。
「私の方も作曲済みで……」
「そう。あとは駕屡羅の仕上げを待つだけね。良かった、間に合って」
 再び窓の方を見る。込み上げる狂喜の笑みを噛み殺しながら、指を忙しなく動かす。細く長く美しいその指先に繋がる、幾つもの極細の糸、傀儡糸。月明かりに照らされ青白く光る。
「さ〜て。……アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
 見上げる空。月は、満ちるのを待っていた。





既に落ちた陽の中、破亜民我夢にて。
「……ああ、此処だ、此処でいい。助かった。礼を言う」
血塗れ紅鎧の男を、二人の若武者が抱えていた。一人は地味な白鎧、一人は汚らしい茶ばんだ鎧で、此方は至る所を怪我しているようであった。
「ついでだ、二人とも今日は此処に泊まれ。どうせ宿もとってねえし、文無しだろ?」
「いや、そんな!!」
「いいから。助けてもらったんだ、礼ぐらいさせろ。ほら、入った入った」
 怪我のわりに元気な紅い男の気迫に押されて、白い若武者、屏陣丸は目の前の屋敷へと一歩近づいてしまった。見るからに大きな屋敷である。後ろの方で茶色の若武者、鳶飛は黙りこくっていた。
「いや、やはり悪いです。どこか宿を……」
「いいから入れって言ってんだ!!」
「はい!!」
 呆気に取られて為すがままに足を進めた。振り返ると、鳶飛が少し間を置き、付いてきた。目線の先には烈帝城が在った。


 屋敷の中は、矢張り、広かった。この紅鎧の武者は大所帯か何かなのだろうか、などと思っている最中、
「おう、今戻った。百式はいるか?怪我した。ちょいとまずい、治してくれ」
茶の間らしき場所に出たなり、男は畳に倒れこみおもむろにそう告げた。
「雌雄!?お前………おい、しっかりしろ!!」
急いでそこにいた何人かが近づき、男を抱えていった。
 そんなわけで部屋の中には屏陣丸と鳶飛、それと青が混じった鎧の武者と、
「あれ?剣舞?」
懐かしい顔だった。この部屋と繋がった縁側に、つい数週間前に旅を共にしていた男の姿があった。その仰々しい格好はそのままで、気に入らない顔も変わらない。驚いた顔で此方を見ている。天才剣士・剣舞。
 剣舞の顔は驚きに歪んでいた。
「びょ…屏陣丸!?何故お前が此処に?!」
「いや……なんと言うか……てか、何でお前も此処にいるんだよ?」
「何で、だと?話すと長い!!面倒だ!!」
「そうか……あ〜!!!そういやあの時俺を置いてったろ!!」
「そうだったか?ああ、そうだったな。あれは遅いお前が悪い。この天才剣士・剣舞様を待たせたお前の非だ。よって俺は全然悪くない」
 だから嫌なんだよこの男。心底疲れた溜息を吐くと、傍らにいた武者が笑っていた。
「仲が良いのだな、二人して」
そんなお決まりのような文句を告げる。
 先から気になっていたことだが、この武者、何処かで一度会っている気がしてならない。何か、物凄く大事な――
「済まぬな」
「へ?」
 男が告げた台詞に反応しきれなかった。
「雌雄…あの男の事だ。此処まで運んで来てくれた事、礼を言う。済まなかった」
そう言って目の前の男は深々と頭を下げた。思いがけない事に慌てふためき、とりあえず頭を起こすように促した。
「止めて下さいよ!!そんな事する必要ないですから!!」
 男はその頭をゆっくりと上げる。起こした顔は、澄んでいた。正に刀の刃の如くの鋭き顔。その得も知れぬ気迫に思わず唾を飲む。
「私達は当たり前の事をしただけです。ですから、そんな……」
「高尚な若者でござる、御主らは。少ないが礼の方を今もって来よう。暫し待たれよ」
立ち上がる男。その姿、雄雄しくも麗わしく。屏陣丸は自分の体がどこか震えているのを感じた。
「あの」
「?」
「あの、その、お礼とか別に構いませんので、お願いを一つ聞いて頂きたいんです。実はまだ宿を取っていなくて、あの、だから、今晩だけでも泊めていただけないかと……」
 苦い笑いを浮かべて頼むと、男の足が止まった。
「あ、無理にとは言いませんので!」
「普段なら快くその申し出引き受けるところだが、事態が事態なのでな、申し訳ないが……」
「いや、そんな!今からでも宿を探します」
「取れる宿は、ない」
 間の抜けた顔で男を見る。
「ない……?」
「そうだ。……宿も、飯も、何もかも今の破亜民我夢ではままならぬ。今のこの街は、無人。民は皆、昨夜の内に街を離れた」
 男の言葉が空しく鼓膜へと届く。屏陣丸は外を見た。既に暗がりの庭先はあまりにも淋しい。どこまでも続く虚無がそこにはある。煌く星空はそんな事は全く気にも留めていないようではあった。
「此処に来る途中にあの逆さの城は見たな?魔城・暴終空を」
 思い出す。屏陣丸の頭の中に、その姿が鮮明に描かれた。遠目にもその禍々しさを感じ取れた、あの建築を。
 深く頷いた。
「あの中に巣食ったまがつの化け物相手に、明日、ここは戦場となる。大将軍様の御勅令により、破亜民我夢の民は一夜限り街を離れる事となった。御主らも運が悪い、また別の日に参られれば幾分楽しめたものを。……そういうわけだ。悪いが、街を離れてもらいたい」
 言葉の中身を消化しきれずにいる背後で、鳶飛がその目を更に尖らせたのが分かった。
 目線を移す。縁側にいる若き天才は、御自慢の師匠譲りの『七星剣』を傍らに置き、嘲る様に口元を緩めた。
「……あいつは、良いんですか?」
「剣舞殿には明日の戦に義勇として出てもらうことになっている」
「義勇?……なら、俺だって参加します!」
「駄目だ」
「何故!?」
「あまり、みすみす死人を増やしたくはない」
 何かが体中から消えていく感じがあった。寒気とも覚束ない寒気、嫌悪感。灯りが灯っているにも関わらず眼前は暗く、暗く。
「ま、そういう事だ屏陣丸くぅん。天才と凡才のお前とじゃ、扱いに差があって当然なのだよ。所詮田舎の三流侍の腕前なんぞ、たかが知れるというわけだ」
 なじるだけなじると、剣舞は満足したようにまた彼方を向いた。気の毒に思ったか何なのか、目の前の武者は眉を軽く潜めて俯いた。
 言葉が詰まった。そんな空気だった。自分が発するべき言葉を模索しながらも、何もつかめない。屏陣丸には、流すべき涙の雫一つもなかった。
「……情けねぇ様だな」
背後で、沈黙を破るが如く、鳶飛が立ち上がった。
「こいつの実力有る無しも見極められねえなんざ、手前らとんだ腐れ脳味噌だな、おい」
鳶飛の言葉に剣舞は大きく、男は小さく反応する。
「使って欲しいってんだから使ってやれよ、ええ?」
 鳶飛は次第に、男の方に歩み寄って来た。明らかに殺意を持った歩みに、男も構えの素振りを見せた。
「御主、やはり血の臭いがする。それも、汚い臭いだ」
「鼻が利くんだな。だがアンタだってそれは同じだろう、『月影』?」
 男は怪訝そうに鳶飛の顔を覗いた。男の手は、ゆっくりと刀の柄へと動いていく。屏陣丸は、今、互いの殺気の中心に自分が位置していることを悟った。
「御主、何故に破亜民我夢に来た?」
「大将軍を殺しに来た」

――畳を蹴る音。

気付いた時には鳶飛は袈裟懸けに斬られ、床に叩き付けられていた。その返り血が再び畳に付くよりも早く、男の刃先は鳶飛の喉元めがけて下降した。
「………」
 自分の身が鳶飛に覆い被さるように其処にあったことは、屏陣丸自身、驚きであった。さっきまで見ていた場所に自分がいる。反射がそうさせた事を理解した。
 男の刃先が、背に軽く触る。
「駄目ですよ、ハハハ……コイツ怪我してるんですよ、本当に。ハハ、ハハハハ……」 
 自分が何を言っているのか分からなかった。ただ、このままでは確実に鳶飛が死ぬと感じただけで、それだけである。涙目で笑う。苦く笑う。
「………」
 気配で男が刀を除けるのが分かった。冷えかけた血は、また流れ出した。
 刀を納めるなり、しばらく黙り、遠い目で男は見る。またしても苦く笑う。下には、自分以上に事態を理解していない鳶飛が息を荒げていた。
「百式、空牙、この茶鎧の男を城へ。もちろん地下だ」
 男が人を呼ぶ。奥から二人ほどやって来ると、丁寧に屏陣丸を除けて鳶飛を取り出し、担いでいった。何も言わず何も騒がず、糸の切れた傀儡のように鳶飛は為すがまま連れられていった。
――少し荒れた部屋の中は三人になった。
事態をよく飲み込めないまま、屏陣丸はワケも分からず男を見ていた。唖然だなんて言葉では表現しきれないほどの虚無感の中。男もまた、屏陣丸を見ていた。
「済まぬ」
 男はまた謝った。しかしそれが何に向けての言葉なのか、屏陣丸には理解しかねた。この男もまた、自分と同じように言葉が見つからないのだということは察した。
「済まぬ、あの男は、悪いが捕らえさせていただく。あの男は危険だ、分かるな?」
「ああ、はい……」
 中途半端な返事だと思った。返事だけでなく、心内も中途半端だと思った。自分が今、悲しいのか憤っているのか悔しいのか、果たしてそうでないのか、何一つ分からない。鳶飛、と心の中で幾度かその名を呟いてみた。何も起こりはしない。
「それと、御主の実力を勝手に決めつけてしまったことも、謝る」
「……別に、そんな。本当のことですし」
「先ほどあの男を即座に庇った姿を見、御主の心の強さを垣間見た。よければ、改めて明日の戦に義勇として参加して頂きたい。……名は、何と申す?」
「屏陣丸。屏陣丸です」
「そうか、屏陣丸か。明日の戦には、御主のような強き心を持った者が必要で御座る。是非とも参加して頂きたい」
 そう言うと男は半歩下がり、諸々を整え、名乗る。
「拙者は機動烈士隊隊長・明烈。明日の戦の先陣を斬る者として、貴殿に義勇として協力をお願いしたく候」
「へ?」
 間抜けな声を漏らした。向こうでは驚いた顔で剣舞が見ている。
「機動、烈士隊?」
 その言葉で、燻っていた屏陣丸の中で何かが弾けた。





烈帝城の天守閣。
「此方が例の物で御座います、大凰帝大将軍様」
装束で身を包んだ男が差し出した、丁寧に包装された“それ”を大凰帝は受け取った。思いの外、重い。ゆっくりとその幾重にもなった包みを解く。
その中から放たれる金色の光。品は鯱である。頭の部位は『闇の者』特有の面構えが施されていた。
「遠路遥々、ご苦労であったな」
 ねぎらいの言葉にも、目の前の男は少しの反応しか見せなかった。軽く覗く顔貌から、この男もまた、『闇の者』であることが伺えた。
「大凰帝大将軍様、我々が之を『光の者』に一時とはいえ預けるということの意味、再度ご確認願いたい。長らく続いてきた『光』の一方的勝利と支配、それに終止符を打つ為のこれ以上無い機会を見す見す逃したのです。我らが、そして我らが頭首がどれほどの思いでこの決断を下したか、無理でもご理解いただく」
「ああ、そうであるな……」
大凰帝は手元に抱えた重金属の造形に視線を向けた。
――あの忌まわしき暴終空城の天守に、『光』と『闇』それぞれが持つこの鯱を先に設置した方が地上の覇権を握る。だから、この鯱を差し出すということは、
「どういった意味合いか、本当にご理解なされますな?」
「勿論。分からぬ筈もないさ」
分からぬ筈もと、大凰帝は繰り返した。
静かな口調ではあったが、目の前で身を低くしたままのその男は、どこか興奮した様子で続ける。
「各地で起きた『闇の者』達による幕府への反乱、一揆、その他。それらに関しては我らが穏便に治めさせて頂いた、が、その事に関して詫びるつもりも御座いません。火事場泥棒紛いの連中はさて置き、志を持ち、再び『闇』の覇権奪取を願った同胞達に非などない。彼らは彼らなりの正義の為に行動を起こしたのです」
「ごもっとも、だ」
「ですがそんな中、我らが頭首は『闇』の勝利よりも天下泰平の維持、つまりは貴方をお選びになった。どれ程の決意であったかお分かりか?大勢の者から沢山の罵声を浴びながらも、あの方は一歩も引かなかった。成程確かに魔界の後ろ盾もあり、今回もたらされた機会はあらゆる勝利が期待できる。だが我々『闇』は過去に何度も、強大すぎる力に身を委ねるあまりに逆に力に振り回され滅びかけた過ちを犯してきた。だから最後にご理解頂きたい、我々は今回『光』をあえて打ち負かさなかったのだと」
 男は急に立ち上がった。何にも臆することなく堂々とした姿である。その容姿こそ装束の為に良くは分からなかったが、それなりの風格は匂ってくる。
「行くのか?」
「行きます。此処に居ては私も危うい」
 ふと格子窓の方を見る。眼下に広がる、無人の街。
「……お主は、魔界の輩が勝つと思うか?それとも我ら『光の者』か?」
 大凰帝は問いかけた。しかし男は考える仕草一つ見せず、そそくさと歩き始めた。
「さあ、分かりません。言える事は一つ。そんなもの、我々『闇』にとってはどっちでも良いという事」
 男が軽く振り返る。少しだけ覗く一つ眼、闇の者特有の顔である。
「魔界が勝利しようと、『光』が勝利しようと、我らは何も失わない。この戦、結局は何のことは無い、『光』が主役なのだ。我々はただ黙って結果を待つとします」
「御頭首に伝えてくれ、『感謝している』と」
「御意。それでは失礼」
 少しばかり離れたくらいで、男の姿は見えなくなった。
「………」
独り部屋の中。音とも言えぬ音だけが、大凰帝の耳に響く。
 部屋の奥に置かれたもう一つの彫刻の存在。此方には頭に『光の者』の顔、二つの鯱の内の一つだった。『闇』と『光』の鯱が、今、同じ空間に存在していた。
再び目線を格子窓の方へとやる。
「許せ」
 誰に対しての言葉だったかは分からない。謝るべき人間は大勢いる。一つ一つそれを述べていけば限がないのだ、だから、この言葉で――。
 大凰帝は眼を細めた。
「『光』だ『闇』だなどと、下らぬ理由で我らは互いに刀を取り、斬りあってきた。この世の覇権などという馬鹿げたものの為に、我らは死に急ぐ」
視線の先に聳える暴終空城。あの天守に空いた片一方の置き場所に『鯱』を置いた一方が、この地上の覇者となる。『光』か『闇』か、選ばれた道は択一。
「何故だ」
答えは分かっている。それは世界が世界たるからだ、と。そんな狂った世界であれば、いっそ滅んでしまえば良いとさえ思う。
しかしそんな狂った世界に、愛すべき守るべき者たちは生きている。だから自分も生きていこうと決めた。下らない世界ではあるけれど、それでも生きていく理由は十分過ぎるほど存在している。
「乗り越えて見せるさ、全て、絶対に」
 振り向く。そこに飾り立てられた自身の鎧。大げさな兜の髭飾り、甲虫の様な装飾、蝶の如き綺羅翼。そして鳳凰の後継者としての『結晶鳳凰クリスタルフェニックス』。
「貴方が何を御考えなのか、私に何を望んでいるのかそんな事は如何だって良い。私は乗り越える、仲間と共に乗り越えて見せる」
 鎧は輝く。月明かりを受けながら、鱗粉にも似た光が舞う。その中心で、結晶鳳凰は輝き続ける。





「だだだだだだだからその、なんと言いますか、いや、おっしゃいますか、ここここここここが機動烈士隊とそのなんていうかあのそのえええっと!!!」
 微笑み浮かべて、明烈は目の前の若武者を眺めた。先ほどからこんな調子である。此処が機動烈士隊の屯所であり、そして自分が機動烈士隊の隊長である事を知るや否や、気でも触れたかのような動揺と興奮を見せている。もう一人の縁側で佇む若武者は呆れた様子で此方を見ている。
「とりあえず、落ち着きなされ」
「はっ!」
落ちついた。初めからそう言っておけば良かったと思った。
 屏陣丸と名乗るその若武者は、身を必要以上に固め背を伸ばし、僅かに体震わせ正座。定まらぬ視線のままこちらを見る。熱き潤んだ瞳だった。
「そう緊張せずとも……此処は『大将軍の道楽組』、機動烈士隊の屯序で御座る。身分とて立派に武家の出である御主らの方が上。何処にも畏まる必要など無いというのに」
「とんでも御座いません!」
 屏陣丸が声を張り上げた。少し地味な白鎧に、胸には綺麗な勾玉をぶら下げている。それ以外は特徴らしい特徴もない、いたって普通の青年であった。
「私は去年の冬!明烈殿お姿を拝見して以来、ずっとこの機動烈士隊への入隊を夢見て生きて来ました!!ですから、今は何と申すべきか……『死ぬほど幸せ』であります!!」
 過剰な程の気迫に思わず苦い笑いを浮かべた。
「去年の冬、というと何処かでお会いしたか?」
「緋州の奥地の……」
「ああ、あの時か。するとあの村の……今思い出した、確かに言葉を交わした」
ほんの一言だけ、ではあったが。
「覚えて下さっていましたか!?」
「まあ、少し、な……」
 屏陣丸の表情が一杯の笑顔へと変わる。それに対して、自分は更に苦笑いで誤魔化す。
「私は今幸せであります!!なんと明日、頑駄無軍団含め更には機動烈士隊の皆様と共に刀を振れるとは…!精一杯頑張ります!!」
縁側の若武者、剣舞は面白くないのか、鼻で笑うとまた庭の方を見た。
「此方としても、よろしく頼む」
「はっ!」
 今一頼りない、というのが明烈の思うところであった。腕前は恐らくは人並み、良くて少し上。竹刀であればそれなりに名が知られるといった程度の腕前か。模擬試合であれば良いが、明日は実戦。経験も腕もないこの若武者に協力を申し出たことを今になって悔いる。あまり無駄な死人は作りたくはない。できれば、皆最後には笑っていたい。
やはり今はっきりと断るべきか。明烈は眼を細めた。
「………」
屏陣丸の眼を覗き込む。綺麗な眼だ。曇りなど何一つなく、透き通った、偽りの無い眼。
 何かを感じたのだ。先もこの眼を見て何かを感じた、だからこそ義勇への参加を許可した。この若者は決して他人を不幸にはさせないだろう。そう、思い出した。あの眼は見慣れた眼だ。皆の笑顔を願う、烈士隊なかまの眼差しだった。
「一つだけ約束してもらおう」
 腰を起こし立ち上がる。宵風が冷たく心地良い。
「死ぬな」
そう言い残し、明烈は居間を後にした。

薄暗い自室に行く。何も無い質素な部屋。つくづく自分のことをくだらない男であると思う。
「拙者は、刀」
 呟く。その『刀』という言葉に自分の全てが詰め込まれていると知る。
 横目。映るは二つの愛刀、師より受け継ぎし『双月刀』。
「出番だ。明日は『その時』ぞ」
 二本を掴み、そして抜く。何よりも鋭き光を帯びて二つの刃が姿を現す。月影流の真骨頂、二刀流。
「決して誰も死なぬ、死なせて堪るものか」
 この刀は何の為にある?
 死体を増やすためか?
 傷を刻むためか?
 肉を貫くためか?
――違う!
「拙者は戦い抜く。大将軍様の御刀として、機動烈士隊隊長として、そして――」
 刃は限りなく研ぎ澄まされ、月光の如く。肉の一つ一つが叫び、吼え、戦慄く。内なる虎が疼きだす。
「拙者は明烈。月影流免許皆伝・正統後継者、明烈」
 月に吠える。明日には満ちる月が、何だか紅かった。






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